VI

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松岡のアパートに着いて、松岡は休む間もなく食事の準備にかかった。手伝うと申し出ると、構わないから座ってろと断わられた。せめて野菜を切るくらいはと、無理矢理にでも台所に立った。数年、一人暮らしをしている司はそれなりに炊事をしてきた。簡単に切ったり炒めたりする程度なら出来る。好きなわけではないが、苦手でもない。ただ、気負いすぎたのか、包丁で指を切った。いつもならしない怪我だ。思ったより傷が深かった。血が流れてすぐには止まりそうになかった。絆創膏はないかと訊ねると、怪我に気付いた松岡は少し慌てた様子でティッシュを司の指に宛がった。 「少し止血しないと、すぐに絆創膏貼っても駄目になるだろ。暫くこうしてろ」 「……すみません」 「慣れないことするからだよ」 「……得意じゃないけど、少しなら出来ます」 「そうか、それは悪かった。……もう炊くだけだから、座ってろ」  頭を軽く叩かれる。時々される子供扱いにはいい気がしない。司自身にある幼さに対してではなく、誰かと間違えているような気がしてならなかった。キッチンに戻ろうとする松岡の袖を思わず引っ張る。 「なに?」 「……す、きです」 「突然、どうしたんだよ」 「先輩が好き……だけど、先輩はどうなのかなって……」 「お前らしくないこと言うんだな」  自分でも女々しくて、仕様のない質問だと分かっている。逆に自分が同じことをされたら引くだろうとも。困惑に負けて馬鹿なことを聞いてしまった。けれども松岡は笑いもせず司を抱きすくめた。 「好きに決まってるじゃないか」  すかさず口を塞がれる。刻んだままの野菜を放置して、カーペットに倒される。 「泊まっていくだろ」 「……そうします」  直に肌が触れると、たちまち惹き込まれていく。雁字搦めになった理性が簡単に解かされていくようだった。それでも不安は異物のように残ったままだ。松岡と会う度に少しずつ蓄積されていく。一緒にいる限り異物はどんどん重くなって、いつか潰されるだろう。  肌を合わせているあいだだけが、唯一何も考えずに済む。
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