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店内が混みだす頃に店を出た。雨は上がっていて、濡れたアスファルトの匂いがする。都会の空ながらに小さく星が見えた。
「先輩、酒呑まないんですか?」
「呑むけど、好きじゃないな。なんで?」
「てっきり居酒屋みたいなとこ行くと思ったから」
「最近、付き合いで呑み続きだったんだ。居酒屋のほうがよかった?」
「いや、俺はどっちでも」
「今度は別のところにしよう」
駅の改札前に着き、司と松岡は反対方向の列車に乗るのでそこで解散する流れになった。改めて礼を言おうと松岡に向き直った時、唐突に忠告を受けた。
「笠原、面接で視線を落とすなよ」
「え?」
「目を合わせるのが苦手なら、少しずらせばいい。目が合ったからと言って慌てて落とすんじゃない。……俺もちょっと傷付いたな」
「すみません、そういうつもりじゃ……」
「分かってるよ。……本当言うと、お前から連絡してきたのって初めてだろう。いつも俺から誘い出してたから、嬉しかったよ。だから、居酒屋みたいなガヤガヤしたところじゃなくて、落ち着いたところで話したかったんだ」
「そうだったんですか。すみません」
「いちいち謝るなよ。ほら、背筋を伸ばして、俺の目を見てみろ」
背中をポンと叩かれて、司は松岡の目を見る。松岡も応えるように司をまっすぐ見据えた。目を合わせていた時間はほんの少しだが、それがとても長く感じられた。
「そう、その顔を忘れるなよ。おやすみ」
松岡は手の甲で司の肩を軽く叩いて、一人先に改札を通り過ぎて行った。松岡の手の感触は暫く肩に残った。
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