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司は中学でバスケ部、高校ではテニス部だった。どちらももそこそこにこなしたが、成績はどれも中途半端で、バスケ部ではレギュラーになったりならなかったり、テニス部ではベスト16入りがいいところだった。青春を部活にかけるほどの情熱がなかったせいか、卒業してから一度も部に顔を出したことはない。
体育館に行ったところで顔も名前も知らない後輩たちと会っても肩身がせまいだけだが、もし顧問が代わらずいるなら挨拶だけでも、という気持ちで体育館に向かった。
グラウンドから体育館までは近いようで遠い。校内を走っている運動部とすれ違っては、中学生はあんなに幼かったかと考えた。
こうして歩いていると蓋をしたはずの記憶が溢れてくる。感情すら生々しく蘇ってしまう。目を閉じればはっきり浮かぶ「あの人」とすれ違いそうな気さえした。
体育館に着き、ドアを開けようとしたら、中から先に誰かが開けた。出てきた人物は「失礼しました」と挨拶をして、こちらに振り返る。向かい合う形になり、謝るつもりで顔を上げたら、思いも寄らない人物がいた。
「……松岡先輩」
「笠原?」
細身だが均整の取れた、スタイルのいい青年。平均身長の司が目線を上げるほどの長身だ。
「あ……お久しぶりです。こんなところで会うなんて偶然ですね」
「本当だな、びっくりしたよ。バスケ部見にきたのか?」
「はい」
「そうなんだ。俺もさっきまでいたんだ。顧問も変わってないから、会ってみるといい。喜ぶよ。なんなら、一緒に行くか?」
「え!? いや、結構です! 帰ります」
「なんで。せっかく来たんだろ」
「いや、友達の用事に付き合ってここに来ただけで、それが終わるまでの暇つぶしのつもりだったから、別にいいんです」
タイミングよく、司のスマートフォンが鳴った。
「もう友達の用事が終わったみたいなんで、俺はもう帰ります。じゃあ、失礼します」
身を翻して去ろうとすると、松岡は司の手首を掴んだ。
「お前、番号変えただろう」
「昔、海で携帯を落としたんです。データも全部なくなって。だから新しいのに変えたんです」
「もう一度、教えてよ」
「……小野田に聞いてください。すみません、急ぐんで」
無理矢理に松岡の手をほどき、グラウンドまで全力で走った。ちょうど祐太が野球部をあとにするところだ。
「走ってくることなかったのに」
「いや、まあ……丁度いい運動だし……」
「変な奴だな。悪かったな、付き合わせて。今日の晩飯は俺がおごってやるよ」
「いいのに。……早く行こうぜ」
動揺を祐太に気付かれていないか気になった。幸い、体育館と駐車場は反対方向だ。司は車に乗るまでのあいだ、どうか松岡と鉢合わせないよう祈った。
まさかこんなところで会うとは思わなかった。せっかく想い出になりかけていたのに。それとも美央のあの質問は前触れだったのだろうか。
車に乗り、祐太がエンジンをかけると司は目を瞑った。
「司、疲れた?」
「ちょっと眠いだけ。五分だけ寝かせてくれ」
目を閉じると松岡の姿が浮かぶ。つり気味の目なのに表情は柔らかい。焦げ茶色の髪は陽に透けると眩しかった。罪悪感を抱きながらも、胸がざわついて熱くなる。それが少し落ち着いた頃、司は美央を思い出して彼女に済まなく思った。
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