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*** 中学一年の秋という遅れた時期にバスケ部に入った司は、入部当初、松岡の存在を知らなかった。二学年上の松岡は高校受験を控えており、その頃には引退していたからだ。  松岡を知ったのは中学二年の夏休みだ。再会した日と同じ蝉しぐれの猛暑日だった。  いつも夏休みは前半のうちに宿題を終わらせておくのが自分ルールだったが、バスケ部員として過ごす初めての夏は練習ばかりで机に向かう余裕がなく、部活の疲れに夏バテも加わって家では寝てばかりだった。空白だらけのノートに危機感を覚えながら、休みも残り一週間になったある日のことである。練習中、体育館のすみで友人と談笑していたら、入口から聞き慣れない低い声が響いた。私服の男二人組がいる。司は傍にいた友人に訊ねた。 「あれ、誰?」 「あ、山内先輩と松岡先輩だ。お前は去年いなかったから知らないだろうけど、俺らの二つ上の先輩だよ」 「ふーん……」  山内と松岡のことを改めて紹介されたのは、練習が終わってすぐのことだ。  口ぶりから身ぶりまでどこかいい加減な山内と、受け答えがしっかりした、立ち姿から服装まで清潔感のある松岡とはまったく正反対な印象を受けた。どちらかというと部員たちは、陽気でリーダー的存在である山内を慕っているようだったが、司はもしこの二人と一緒に練習をしていたら、間違いなく自分は松岡を慕うだろうなと思った。  松岡と言葉を交わしたのはその日の帰りだ。自転車置き場で松岡から声を掛けられた。 「これ、君のじゃないのか」  振り向くと、司のタオルを持った松岡が立っていた。 「ああ、はい。ありがとうございます」  タオルを受け取って鞄の中にぞんざいに突っ込むと、司は自転車を出して松岡を通り過ぎた。松岡との会話はもう終わったものだと思っていたのに、松岡は自転車を押して歩く司に付いてくる。
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