IV

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「だからって、本当に負けるなんて失礼よ」 「相手は引退する先輩なんだ。校内トーナメント戦で勝たないと団体のメンバーになれない。先輩は本当言うと、俺より弱いんだけど、どうしてもメンバーになりたいから負けてくれって頼まれた。……先輩に言われると断われないだろ」 「でもその先輩、笠原くんのあとずっと負けたら意味ないじゃない」 「そうだね。だから、俺のあとは実力で勝ってくれって言ったよ」 「そうなんだ」 「井下、徒歩?」 「電車」 「じゃあ、駅まで送って行く」 「えっ、いいのに。すぐそこの交差点で曲がるんでしょ? わたしが勝手に付いて来ただけで」 「もう暗いから。……ってのは口実で、口止め料」 「なにそれ、ひどい」  無邪気に笑う美央につられて、司も口元がほころんだ。  駅前で「じゃあ」と言うと、美央は唇ときゅっと噛みしめた。何か言いたげに見えたので、司が先に聞いた。 「何? なんか付いてる?」 「ううん、わたし笠原くんて、とっつきにくいと思ってたの。でも、そうでもないのね」 「よく言われる」 「送ってくれてありがとう。八百長のことは秘密にしてあげる」  その翌日から、よく美央に話し掛けられるようになった。暇な休み時間はたいした用がなくてもフラリと近寄ってきたり、数学を教えてくれと言う時もあった。たまに掃除当番を代わってくれと頼まれ、それは嫌だと断ったら「八百長をバラす」と脅される。  数いる女友達の中でも特に親しい存在にはなったが、恋愛感情はまだなかったと思う。美央も司に対して特別な対応をするわけではなかったので、異性であることを多少意識しながらも気兼ねのない距離感を保てるのが、司にとってとても心地がよかった。
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