IV

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 ―—  五月後半を迎え、高校最後の総体を間近に控えた日のことだ。  ちょうど去年の今頃、宮本に八百長を頼まれたなと回想していた時だった。部活に向かおうとしたところに、トイレから出てきた池田と出くわした。 「笠原。部活行くのか? テニス部だったよな」 「そうだけど」 「今年は八百長しないのか?」  面白半分に言われ、司は眉を顰めた。 「去年、八百長試合したって、ちょっと耳にしたんだ。総体っていう大事な試合でそんなことしたの?」 「八百長は否定しないけど、総体ではしてない」 「あ、そうなんだ。笠原ってそんなことしそうにないから、ビックリしたわ。今年もなんかやらかしたら面白かったのに」  頭に来た司が言い返そうとした時、背後から大きな声で代弁された。 「なに馬鹿なこと言ってるのよ!」  振り返ると美央がいた。 「笠原くんにとっては辛かったことなのに、よくそういうこと平気で言えるわね! 無神経にも程があるじゃない!」 「俺は別に……」  池田が最後まで言い終わらないうちに美央は走り去り、司はすぐに後を追った。ベランダの隅でうずくまっている彼女に、どう声を掛けていいのか分からず、肩を触れるように叩いた。 「井下が怒るようなことじゃないじゃないか」  顔を上げた美央は半べそをかいている。 「だって、本当にムカついたんだもの。笠原くんが去年、それで反省してたことだって知ってるし、自分からそんなことするような人じゃないって分かってるから、悔しいのよ」  子どものような彼女を、素直に可愛いと思った。自分のことでこんなに一生懸命になってくれる人は、この人ぐらいだ。好きという感情は、必ずしも自覚してから芽生えるものじゃないのかもしれない。だとすれば、一年前、美央に告白された時から、自分も美央のことが好きだったのかもしれない。司は、覗き込むように美央の唇を捉えた。顔を離して、目を丸くした美央は、素っ頓狂に言った。 「何よ、今の。わたしのこと好きなの?」  司は噴き出して、笑いながら言った。 「好きじゃないのにキスする奴がどこにいるんだよ」  ***  昼過ぎにようやく目を覚ました司は、ベッドから窓の外に広がる晴れ渡る空を見た。青空の中でどこからか桜の花びらが舞った。満開の時期は過ぎてしまった。 あの頃に戻れたらいいのに。司は何度も目を瞑った。
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