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Ⅴ
「君のような人間は、どこに行っても続かないんだよ!」
いきなりホットコーヒーをかけられた。かなりの熱湯だったのだが、幸い顔にはかからなかった。それよりも、おろしたてのスーツと白ワイシャツが台無しだ。
かねてから司が行きたいと思っていた会社の採用試験を受けたところ、内定通知が送られてきたので、すぐにそれに応えた。なので、その前に内定をもらっていた地元の企業に内定取り消しを願い出たところ、会社に来るように言われた。電話での人事部の声は穏やかで、どうしても話がしたいというので、のこのこと足を運んだのだ。別室に案内されてほぼ無理矢理にホットコーヒーを勧められたのだが、それを持ってきたと思えばこのざまだ。コーヒーをかけられに地元に戻ったといっても過言ではない。
司は会社を出たあと、寄り道をせずに神戸に戻った。三宮の駅でコーヒーの大きなシミを付けて歩くのはバツが悪い。改札を目指していると肩を掴まれた。驚いて振り返ると五十嵐がいた。
「やっぱり、司だ。何やってんの」
「びっくりするじゃないか。たった今、地元から帰ってきたとこだけど」
「就活? ……なに、そのシミ」
「話せば長くなる」
「なに? 何があったんだよ」
五十嵐は完全に面白がっていた。
「内定もらってた会社に、やっぱり行けないって言ったら、コーヒーかけられたんだよ」
「マジ? 電話で断わればよかったのによ」
「電話したんだけど、どうしても来てくれって言うから、わざわざ行ったんだ。……最悪だよ」
「話のネタになるな」
笑いながら言われる。いつもなら軽く受け流すのだが、気分が下がっているところなので上手くかわせず、少し苛ついた。
五十嵐は一人で街に買い物に来たらしく、小腹が空いたので軽食に行くという。司はそれに誘われた。
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