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 —— 「眼が好きなんだ」 二人で天井を仰いでいたところに松岡が突然口を開いた。 「誰の?」 「笠原の。黒目って、真っ黒じゃなくて茶色に近いだろ。笠原は限りなく黒に近くて、白目と黒目が黄金比なんだよ。だから吸い込まれそうになる」 「先輩は限りなく茶色に近いですよね」 「だから尚更。それに時々、蔑むような目つきをする」 「それは褒めてないですよね」 「捉え方は人によるかな。でも俺はそういう眼が好きだ」  かき分けるように松岡の手が髪をくぐり、落ち着いていた胸の高揚が蘇った。誤魔化すように「マゾですか」と聞くと、松岡は声を出して笑った。 「俺は先輩の手が好きです」 「手が?」 「長くて綺麗な手だと昔から思ってました。俺は自分の手が好きじゃないから」  司は珍しく多弁になった。 「手だけじゃない。先輩は俺の眼を好きだと言うけど、俺は先輩の眼も好きです。……もともと俺は男が好きなわけじゃない。先輩もだと思うけど、それでもなんで男の先輩を好きになったのか昔から疑問だった。でも最近、分かった気がするんです。先輩は俺にはないものを沢山持っていて、中身もそうだけど、手とか、眼とか、同じ男なのに全然違う。人によって構造が違うのは当たり前だけど、先輩はどこを見ても俺にとって理想なんです」 「そんなに褒めてもなにも出ないぞ」 「褒めてるわけじゃありません」  松岡は「生意気な態度も相変わらずだな」と言って、また笑った。 先の保障がない関係でも後悔はなかった。だが、松岡と触れ合いながら時々美央のことを思い出す。自分がこうしているあいだ、美央はひとりでどう過ごしているのかと考えると罪悪感がある。美央のことを忘れたわけじゃない。むしろ美央に対する気持ちは今も変わりないし、彼女ほどの女はそういないと思っている。ただ、松岡の存在が大きすぎただけだ。  あれから美央は「別れないから」という言葉どおりにいつもと変わらない調子で話し掛けてくるが、司は煮え切らない態度しか取れずにいる。強がって笑顔を作る彼女を見るのが辛い。「距離を置こう」という言い方がまずかったのかもしれない。はっきりと「別れよう」と言えば、潔かったかもしれない。  また、松岡が司と美央の関係をどう思っているかも疑問だらけだ。彼女を理由に別れを告げられても、それを拒否して関係を続けることに抵抗や後ろめたさがないのかも分からない。聞きたいような聞きたくないような、松岡の本心にはいつまでたっても触れられなかった。
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