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期待せずに約束通り一時に図書館へ向かった。どうせ勉強と言いながら他事に気を取られて時間を無駄にするのが落ちだと思っていたからだ。
司はもともと、人に勉強を見てもらうのはあまり好きではない。教え方が上手ければ問題ないが、説明の下手な人間の説明を聞くのは苦痛だ。だんだん煩わしくなって、しまいには「ほっといてくれ」と思うからだ。けれども松岡の教え方は上手かったし、最初から最後まできちんと面倒を見てくれる。煩わしいどころか色々教えて欲しいくらいだった。
時折、松岡の横顔やシャーペンを持つ手を見る。髪と同じで睫毛も焦げ茶色で、窓から差し込む陽の光でより薄く見えた。筋が通った高い鼻に、薄い唇。改めてよく見ると、松岡は整った顔立ちだ。骨ばった手の甲は理想的だった。いちいち自分と比べては嫉妬して、けれども無性に甘えたくもなる。それが普段、あまり人と深く関わらないからなのか、相手が松岡だからなのかは分からなかった。
それから司は度々、松岡に会うことが増えた。練習がある休日は松岡が山内と揃って部に顔を出したり、予定のない日は松岡に呼び出されて遊びに連れて行かれた。平日ですら、松岡は高校の制服のまま中学の校舎に現れることもある。見つかると叱られるのではと心配したが、教師にしてみれば教え子が卒業しても訪ねてくれるのは嬉しいらしく、とりわけ松岡は教師から好かれていたので職員室に行っても歓迎された。定期テストや実力テストが近づくと、必ずと言っていいほど勉強を見てくれる。
よほど面倒見がいいのだと思っていた。人によってはお節介と捉えかねないが、司は松岡のお節介が心地よかった。誰にでもこういう風にするのだろうと思って、「他に誰にこういうことしてるんですか」と聞いたことがある。
「笠原にしかしてない。本当は誰かのために何かしたり、面倒を見るって好きじゃないんだ」
と返ってきた。なぜ自分には良くしてくれるのか疑問に思ったが、それ以上に松岡の返事が嬉しかった。一人っ子で育ち、「兄」の存在に憧れていたから松岡といるのが心地良いのだと思った。しかし、それが単なる憧れではないと気付いたのはその年の冬のことだった。
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