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Ⅱ
秋といえども、陽が出ているうちはまだ汗が滲む。
大雨の名残が微塵もない晴天の翌日、大学に着いたばかりの美央は、額の汗を丁寧にハンカチで拭きながら学生課へ向かった。学生課の掲示板には企業の募集案内が定期的に貼られる。司と同じく就職活動をしている美央は、大学に着いたらまず掲示板を見るのがここ最近の日課だ。
特に気になる募集もなく、授業へ向かおうとした時、同じ部活の友人に声を掛けられた。
「おはよう、美央。朝から熱心だね」
「別に熱心ってほどじゃないけど」
「わたし、就活なんて全然してないわ。みんな焦りすぎよ。まだこれからなのに」
「典子は自信があるから言えるのよ。わたし、内定もらえる自信がないわ」
「安心して。美央は美人だから大丈夫」
「そんなことないけど。……大体、顔は関係ないわ」
「大アリよ。どうせ、面接官のオヤジなんて顔しか見てないから。見てよ、わたしのこの小さい目とだんご鼻。どう、憐れんでくれる?」
ケラケラと軽快にしゃべる典子に、美央は思わず噴き出した。
「典子、朝から何してんだよ」
背後から近づいてきた男が気軽に典子の肩を抱く。五十嵐だった。五十嵐は肩を組む流れで、典子の顎の肉を掴んだ。
「なんだよ、この肉。やばいんじゃないの」
「それ、わたしだから許されてるけど、違う女子にしたら訴えられるから」
「当たり前だろ。お前だからしてるんだよ」
典子と五十嵐は高校からの腐れ縁だ。顔を合わせば些細な小競り合いをするのだが、傍から見れば微笑ましいカップルだ。ただ、彼らのあいだに恋愛感情がないからこそのじゃれ合いなのだ。美央は彼らのやり取りを笑いながら見守った。
美央の存在に気付いた五十嵐がやぶから棒に言う。
「あ、司の彼女」
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