夢の中の家族

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俺はなかなか家族に会えない。 朝、目覚めると俺はひとりぼっち。 家族と会えるのは夢の中だけ。 俺にとって夢の中が本当の世界なんだ。 仕事が終わると、電気のついていない冷えきった部屋に帰る。 小さな仏壇に置かれた写真の中で、微笑む真衣子と貴史。 悲しみと寂しさが込み上げ、頬を涙が流れ落ちる。 どうして。 どうして俺だけ今日も生きている? 何のために生きている? ひびの入った心臓を動かすのも、もうしんどい。 寂しいよ。 日が経つにつれ、俺の精神は崩れ落ちていく。 こんなに悲しいのに、腹だけは減る。 泣きながら、ビールを口に流し込む。 半年前、妻の真衣子と息子の貴史は、信号無視の車にはねられ死んでしまった。 何でだよ。 一つも悪い事なんてしていない俺の家族は、一瞬で命を奪われてしまった。 仕事でクタクタになっても、真衣子と貴史の待つ家に帰る事だけを支えに俺は生きていた。 俺達はそんなに裕福じゃなかったけど、貴史の成長を見守りながら幸せに暮らしていたのに。 当たり前と思っていた日常。 いつも俺のそばにあった笑顔。 一人では生きていけるはずもない。 不眠症になった俺は、心療内科でもらった数種類の薬を飲むようになった。 先生は確か、一回一錠ずつって言ってたんだっけ。 いや、もうどうでもいい。 眠れるまで飲むだけの話し。 頼むから夢で会わせて。 俺の家族は夢の中にいる。 そして俺は鼻をすすりながら、死んだように眠りに落ちる。 あそこに見えているのは真衣子と貴史だ。 俺は泣きながら叫ぶ。 待って!待ってくれ! 俺だよ! 見えているのにどんなに走っても追い付けない。 足が鉛のように重くて、ノロノロとしか前に進めない。 真衣子と貴史は俺に気付かない。 朝が来て目が覚める。 俺は脱け殻になった体を何とか動かし、仕事に行く。 親戚や職場の人達は優しい言葉をかけてくれる。 みんな、いい人ばかり。 でも、ごめん。 誰のどんな言葉も俺を救う事は出来ない。 俺を救えるのは家族の笑顔だけ。 俺の居場所は家族の思い出の中だけ。 今日も家族を探すために俺は眠る。 残っている薬を全部飲んだら会えるかも知れない。 あるだけの薬を口に入れ、飲み込んだ。 今日、真衣子と貴史に会ったら言いたい事がある。 言わなくても分かると決めつけて、口にしなかった言葉。 俺は夢の中をひたすら歩く。 ここが、どこだか分からない。 見覚えのない場所。 川の向こう岸に真衣子と貴史を見つけた。 俺は必死に川を渡る。 びしょ濡れになった俺は真衣子達を抱き締める。 「もう離さない。俺も一緒にいる」 泣きじゃくる俺の体を、真衣子が優しくさする。 「かっちゃん、痩せたね。 ちゃんとご飯食べなきゃ」 貴史が俺の服を引っ張る。 「パパ、高い高いして!」 俺は貴史を抱き上げる。 お前はどうしてこんなに軽いんだよ。 まるで空気じゃないか。 「高……い、たか……、ううっ」 「パパ、泣いてるの? 男は泣いちゃダメなんでしょ? 前にパパが僕に言ったよ」 「そうだったね。 でもパパ、出来ないよ。 寂しくて耐えれないんだ。 パパは貴史と一緒に行くよ」 その時すっーと、真衣子と貴史は俺から離れた。 「かっちゃん。 かっちゃんはここに来てはいけない。 元の世界に戻って生きるの。 それが私達の最後の願い」 俺は首を振る。 「嫌だ! もう生きる意味など何もない。 お前達のいない、あの世界に俺の居場所などないんだ……」 「かっちゃんお願い。 前みたいに笑って」 「出来ない。 出来ないよ。 どうして俺だけ笑える。 お前達がどんなに痛くて辛い思いをしたか……」 真衣子が俺の手を握る。 「かっちゃんが笑うと私達も幸せだし、かっちゃんが苦しんでいると私達も苦しいの。 心配だから、天国に行けずにここにいる」 貴史が遠くの山を指差した。 「みんなね、お迎えがきて、あのお山の向こうに飛んで行ったよ。 お山の向こうには、天国っていう幸せな場所があるんだって。 僕とママの所にも、新潟のおじいちゃんがお迎えに来てくれたけど行けなかったんだ。 本当は僕、そこに早く行きたい。 でもパパが泣いているから。 パパが寂しくなるから……。」 俺は貴史の指差した方向を見た。 山の向こうから、暖かな気配が伝わってくる。 俺のせいで真衣子と貴史は、ずっとこの冷たい河原にいたのか。 俺は……、俺はどうしたらいいんだ。 「ねぇパパ。 僕の代わりにいっぱい楽しい事してね! そうすると僕も楽しくなるんだって」 「うぅ、貴史、真衣子……」 俺は真衣子と貴史を抱き締める。 「パパ、今までありがとう! 僕、今度生まれ変わる時は、パパのパパになる!」 「貴史、それは無理だろ」 久々に少し笑った。 「かっちゃんの笑った顔が大好きよ。 今までもこれからも。 あなたはきっと幸せになれる。 さぁ、もうあちら側に戻って。 もう一度、川を渡るの。 もうすぐ、川が消えてしまうから。 さようなら、大好きなかっちゃん」 俺は悟った。 寂しいけれど、自分の居場所はここではないと。 「真衣子、ずっと言えなかった事がある。 最後に言わせてくれ。 俺は、お前が俺に告白してくれた日より、ずっと前からお前が好きだったんだ。 恥ずかしくて黙ってた。 ごめん! あと、いつも美味しい飯をありがとな。 なかなか言えなかったけど、今日のメシ何だろうって毎日楽しみだったよ。 それと、貴史、お前が産まれた時、最高に嬉しかったよ! 二人とも大好きだ!」 真衣子と貴史が嬉しそうに笑っている。 俺は泣きながら、消えかかっている川を渡った。 途中、振り返ると数年前に亡くなった真衣子の母が真衣子と貴史を迎えに来ていた。 そして三人は楽しそうに話しながら、山の方に飛んでいった。 川を渡りきったところで、俺は目が覚めた。 カーテンの隙間から、太陽の光が差し込んでいる。 俺は顔を洗い、仏壇に線香をあげた。 「俺、生きる……よ。 とにかく、生きてみるよ」 窓を開けると、優しい日差しが俺を照らした。 真衣子と貴史が応援してくれているような気がする。 今日は日曜日。 久々にラーメンでも作ってみるか。
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