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「すみません、今月いっぱいで辞めさせてください」
私の申し出に、オーナーは難しい顔をした。
「何で」
真っ直ぐにこちらを見据え、問うてくる。
(何でて)
理由は考えていなかった。辞めることに理由は要らないだろうが、聞かれたら答えないといけないと思い、咄嗟にこう言った。
「あのー、時給が、安いんでぇ」
小さな声でそう言うと、オーナーはそうかそうかと、頷いた。
「分かりました。ーー時給上げましょう」
「えっ、いくらですか?」
「10円」
「はっ?」
オーナーは満面の笑みでこう言った。
「10円上げましょう。これからは、日中のシフトは710円です」
何故だろうか、この時のオーナーはこれで辞めないだろうと、自信満々の様子であった。
私は一月きっちり勤めて、バイトを辞めた。ネットの情報で、辞める時は一月前に言えば良いと知ったからだ。
オーナーがあまりにも理由を聞くので、「早めの就活なんです」と答えた。(当時は大学三年の四月頃だった)すると、満足したらしくそれ以上は聞いてこず、最後は「就活頑張ってください」とやはり満面の笑みで言われた。
最初に指導を受けたおばさんからは「寂しくなるねえ」と言われたが、その程度だった。後日制服を洗濯して返しに行って終わった。
それからは時給が高いバイトを選んで働いた。とある法律事務所の事務員補助な仕事についたが、閉鎖的で、本人がいないところで悪口を言っているような環境だった。おそらく私がいない時も言われてたと思う。合わないと思ったけれど、時給が良かったから就活が本格的になるギリギリまで働いた。
やりがいとか職場の人間環境も重要だけれど、給料も重要だと思う。特に時給は一時間いくら、だ。自分の時間を拘束されて見合うものか、考えてしまう。
私の人生で、最初に働いた、時給700円のコンビニバイト。
働いたことのない私を雇ってくれ、仕事を教えてくれた。経験もないから、最初は使い物にならなかったと思う。自分で働いて、欲しいものを買う喜びを知ることが出来た。特別に仲良くなった訳ではないけれど、大学以外の知り合いが出来た。
最低賃金ギリギリの時給700円でも、一時間の労働は私にとって見合っていた。
(でも、ずっとそのままって訳にも、いかないんだよなぁ)
オーナーがもう50円上げる、って言ってくれたら考えたかもしんない。
ちなみに、私が辞めて半年でそこのコンビニは潰れた。この間久しぶりにその前を通ったら、また別のコンビニになっていた。
休日前の夜という比較的忙しい時間帯。シフトはきちんと三人体制でした。
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