「不死鳥の、ほのか」

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「不死鳥の、ほのか」

 自室の窓と出入口の扉の隙間を全てガムテープで密閉する穂乃花。  自殺について検索した際、電車のホームから飛び降り自殺した人が居たせいで大勢の人に迷惑が掛かったと云う報道を見ていたので、自分が死ぬ時はなるべく迷惑を掛けたくないと考えていた。  穂乃花は練炭の包装を破った。練炭の塊達を自分が眠るベッドを囲うように並べて、それが終わると穂乃花は目を瞑って眠り始めた。明日の今頃にはこの世から消えている。服装は高校の制服にした。16歳の女子高生が自殺したと云うことを世に知らしめるためだ。警察が他殺と誤解して家族を逮捕しないように、遺書も机に(したた)めた。 「私が死んでも、誰も困らない」  もうこの世に用は無かった。 (さようなら、私の糞な人生……) 瞼を閉じる。目の前が真っ暗になる。  意識は一瞬で飛んだ。  真っ暗な闇、黄金の光を纏う鳳凰が翼をはためかせて翔んでいる。巨大な鳳凰と思われた鳥は、こちらへ近付けば近づくほど縮小して、拳より小さい朱雀(すざく)になった。翼は金色だが、体表は赤い。朱雀は3mほどの高さで浮遊したまま、仰ぎ続ける翼から光の粒をシャワーのようにこちらに降り注いでくる。左右の掌を広げて光の粒を集めていると、手元から命の源が血管を通じて心臓や脳に流れて行くように全身の血流が暖かくなった。朱雀は宙に浮いたままで、こちらを悲しそうな眼差しで見つめている。朱雀の顔は小さいが、その表情が極めて正確に眼球に伝わって来る。朱雀の瞳は最初、人のモノとさえ思えた。恐竜の子孫であることを隠せない鳩の獰猛な目付きではなく、全てを吸い込む(フクロウ)の円らな瞳だ。朱雀の金色の翼から、透き通った空気が醸し出され、鼻腔を刺激する。酸素が甘い。  穂乃花は朱雀に話し掛けた。 「人は死んだら何処に行くの?」 朱雀は1枚の黄金の羽根になる。穂乃花はその羽根を両手で優しく受け止めて持った。  すると、掌に乗った翼が消えて見えなくなったかと思った瞬間、穂乃花の背中から黄金の双翼が左右に広がり生えた。穂乃花は神に感謝した。 「ああ……私でも天国に行けるんだ」 自分の身体の部位の如く自在に翼を動かす穂乃花。翼の骨や筋肉や関節が、自分の身体の一部として確かに動かされている感覚が気持ち良い。手が背中に生えたようだった。闇の空を上昇していくと、真っ白な光が見えてくる。 「あそこが天国だ」 穂乃花は光に吸い込まれる。 「穂乃花! 穂乃花!」 自分を両手で抱きかかえて泣きじゃくる母に身体を揺さぶられて、穂乃花は目覚めた。 「お母さん……?」 「穂乃花! ごめんね! ごめんね!」  ばら撒いていた練炭は撤去され、窓も扉も開かれて換気され、また眠っても死ぬことは絶対に有り得ない。穂乃花が目覚めると、普段自分に何の関心も示さない父も二人の男兄弟も皆泣いていて、穂乃花の周りを囲っていた。制服の警察官も二人、自分達家族の後ろに居るのを穂乃花は確認した。 「どうして皆が居るの?」 穂乃花が訊くと、泣き止んだ母は鼻を啜った後、 「ホームセンターの人が練炭を買った貴女(あなた)を怪しんで、警察に通報してくれたのよ!」 見捨てられていなかった。  父や男兄弟達も入って来る。 「穂乃花、お前の気持ちを全然考えてなかった。すまない」 「穂乃花、ごめん。お兄ちゃん、何もしてあげられなくて」 「いいや、弟の俺がもっと気遣ってあげれば良かったんだ」 急に家族から愛されても、穂乃花の涙腺は完全に乾き切っている。人の感情はボタンやスイッチではない。  しかし、泣きじゃくる家族を見ていた穂乃花は、 「自殺してはいけない」 と、あの黄金の朱雀が教えるため、此岸(しがん)に連れて来たことを嫌でも意識させられた。 (あぁあ、やっぱり生きていかなきゃいけないんだ……) 自殺を禁じられた穂乃花は、退屈な日々と付き合っていかなければならない人生を諦観し始めていた。とりあえず、「恋の三角関数」は彼氏が出来てから考えれば良い。
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