「乾いていく16歳の少女」

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「乾いていく16歳の少女」

 いくら聴いても頭に入らない教師の独演会に嫌気が差した穂乃花は授業中、右手で頬杖を付きながら窓の外を眺めた。  この日は快晴。穂乃花の気持ちと相反するように、太陽は明るく照り付け、空は暴力的なまでに青く澄み切っている。朱華色(はねずいろ)萌葉(ほうは)を全て散らせた桜木は、ドス黒い緑葉に光合成を行わせて酸素を吹き出している。  穂乃花は外を見ると、密閉された教室が監獄に思えた。外は新鮮な空気に満ちているのに、自分達は教師の退屈な授業を聞き、男子の汗と女子の化粧臭が入り混じったヘドロのような酸素を吸わなければならない。日光は入って来るが、教室はジメジメしている。不快感を覚えると、穂乃花の手や足の関節は少しずつ割れていくように痛んだ。  休み時間。クラスの子達は次々と自分と仲の良い相手とつるんでお話を始めていく。  穂乃花は一人ぼっち。  教師の独演会の方が面白かった。休み時間より授業の方が楽しい場合、今年の学年がハズレだったことを意味する。 (ハズレだ)  バスケ部では仲の良い友達が居るから、バスケ部の女子が居ない自分のクラスを離れて、違うクラスを訪ねることにした。  教室を出て、廊下を歩いて行く。  基本的には、男子は男子、女子は女子でつるんでいる。ところが、明らかに付き合っている雰囲気の男子と女子が居る。どの男子グループや女子グループよりとても幸せそうに、穂乃花の目に映った。純度100%混じり気無しの笑顔。頭の天辺から足の爪先まで恋の幸福に包まれている女の子が確実に自分より可愛いことを穂乃花は痛感する。相手の男子はどうでも良い。  カップルを横切った後、穂乃花は疑問を抱く。 (あんな男の子の何処が良いんだろう?) さっきの女の子はよく知らないが、男子の方がサッカー部に所属しているのは穂乃花も知っていた。下校の際にグラウンドでサッカーボールを追い掛けている姿を見掛けたからだ。スポーツをしている時の男子は大抵カッコ良くなって(そうでない男子はそもそも眼中に入らない)、女子を惹き付ける。でもサッカー部にはもっとカッコいい男子がいっぱい居たように記憶していたから、穂乃花は自分より何倍も可愛いあの女の子が、何故わざわざレベルの低い男子と付き合っているのかが分からなかった。  妙に幸せそうな女の子の笑顔が印象に残った。 (恋をしていれば、相手は誰でも良いのかな?) 今の私は恋に恋している。穂乃花はそれを強く自覚している。御手洗にフラれる直前までこの世で一番幸せだった自分に思いを馳せる穂乃花。さっきの幸せそうな女子を見て、御手洗に恋をしていた一カ月前の自分を思い出し、自分が御手洗に恋をしていたのか、御手洗に恋をしていた頃の自分に恋をしていたのか、皆目見当が付かなくなった。 (あの女子も、相手の男の子が好きなんじゃなくて、男の子に恋をしている自分が好きなんじゃないだろうか?) そう考えると、何もかもが上手く行っているように見えた先ほどのカップルも簡単に壊せそうな気がした。  穂乃花は友達と喋ったが、話した内容は全く頭に残らなかった。
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