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微かな空気の流れに煙の帯がなびき、カランカランと風鈴の音が安らぎを与えています。じりじりとした昼間の日差しがやっと落ち着いた日暮れ前、その響きが静けさを一層深く感じさせていました。
「今年もまた暑い夏がやって来ましたよ。」
おじいさんはこの時分になると、いつも先立ったおばあさんの仏前にお供えをあげ、お参りをするのです。仏前の写真にそう語りかけ、もうシワがよって目立たなくなってしまった火傷跡のある両手を合わせて、静かに黙祷している時でした。
“お母さん、おじいちゃん、ただいま、お腹減っちゃった ”
夕ご飯前に帰って来たのは夏休みで遊びに来ている孫娘達です。おじいさんは仏前越しから、賑やかに帰ってきた二人に声をかけます。
「お帰り。少しはお母さんの夕飯の支度を手伝ったらどうだい。」
ちょっとばつが悪そうにして、娘達は玄関からの廊下をどたどたと音をたてて歩いて来ます。
「えへへ、それよりご飯までまだ時間があるから、また面白い話をしてくれない。でも怖い話はダメだよ。」
娘達が遊びに来た時には、おじいさんがお話をしてあげていました。その話が面白いからなのでしょう。それは2人にとって田舎に来る楽しみの一つなのです。
「それじゃあ、今日のような暑い夏の日にあった不思議な話をしようか。」
いつもはちょっと考えて話を切り出しますが、今回は何を話すかは予め決めているようでした。
“やってやって”
娘達は待ってましたとばかりの喜びようです。そして念を押すように言います。
「不思議な話って、おじいちゃん怖い話はダメだよ。」
落ち着いた声で、おじいさんはお話の背景を語り始めました。
「ああわかってるって・・・それはな、ある町に疎開で引っ越して来たばかりの少年の話なんだ。その頃は世界中が戦争になって、日本もアメリカと戦っていた。どの国の国民も、まず戦うことに自分を捧げなさいとされた暗い時代でね、少年も学校が無い日は、隣町にある軍需工場で工員の助手をしていたんだよ。」
その時代の頃を思い起こしているのでしょうか、おじいさんは娘達に顔を向けてはいますが、ぼんやりとして空ろな表情で話し続けます。
「皆、戦争のために働いていたんだよ・・・。」
陽がだいぶ傾いてきたのでしょうか、何となく部屋の中が薄暗くなったような気がします。
「隣町の工場までは汽車で通っていたんだ。少年の家から駅に向かう途中、大きな竹林が見えて来て、その奥にお稲荷さんがあってね。少年は毎朝そこにお参りしていた。家族がいつまでも無事であるように、この辛い戦争が一日も早く終わるように、とお供えをあげ、お祈りしていたんだよ。」
娘達は、自分達が教科書でしか知らない戦争の話に興味が沸いてきたようです。
「へ~、その少年は偉いね、私なんか一日中自分のことで頭がいっぱい。」「おじいちゃん、まさかその少年の話でお説教とかじゃないよね。」
そう素直に気持ちを言ってくる娘達に、おじいさんも応えます。
「アハハ、そう思うかい、わしはそんな意地悪はしないさ。さて、最初はすぐに終わると言われてた戦争はそうではなかったんだ。米国に比べてはるかに小さいこの日本は、資源を持たなかったし、まだ今みたいに裕福じゃなかったからな、戦争が長引いてくると武器だけでなく、人や食べ物、あらゆる物資が不足してきてね。戦争に関わること意外は全部止めるようにしたんだよ。」
「全部やめるってどういうこと?」
「ああ、よく分からないよな、例えば、お前たちの行っている学校自体がやらなくなって、子供達の勉強もできなくなってしまうとかな。」
“それっていいなあ。””毎日学校行くの面倒くさいもんね。”
「アハハハハ、余り学校が好きじゃないのか、でもそういうことじゃなくて、代わりに戦争を続けるための手伝いをしなくちゃいけなくなるんだぞ、当然遊ぶのは禁止だ。」
“ええっ、そういうことなんだ。”
娘達は、話の内容に興味が沸いてきているようです。
「それで少年の学校も休みになってしまったんだ。やがて工場でも、工員が兵隊にかり出されるようになってね、当然人手が足らなくなってしまった。工員は戦争には必要だとされていたので、兵隊にはならないと言われていたんだがね。そのために少年を含めこれまで手伝いだった者達が、大人の工員と同じ様に働かされるようになってしまったんだ。」
娘達は、そのことに少し驚いています。
「だってその子は私達と同じ歳頃なんでしょ?」「それも大人として働かされるなんて、これから会社に行きなさいって言われたようなものよね。」
おじいさんは、一言で答えました。
「何事もお国のために尽くすのが、定めだったんだよ。」
娘達にとって、その言葉は理由として当然よく分かるはずもありません。
「今日のお話は、戦争の世の中のことなんでしょ?」「私達に理解できるかな?」
興味が薄れているようにみえたのか、すぐにおじいさんは笑顔で応対します。
「いやいや、早合点しちゃ駄目だよ、大丈夫、お話はそういうことじゃないんだ。今言ったように、少年は通常の工員として工場で働くことになってしまったんだよ。
~ そうなって数日経っての出来事だった。少年が働く工場には、主力の若い工員達は全て兵隊に召集されたため、残された者達で操業することになってしまった。そのためほとんど毎日、工場に行くようになり、その日はこれまで勤めていなかった日曜日、その朝であった。
# ウフフフ アハハハ
隣町の駅に着き列車を待っていると、向かい側のホームが何やら賑やかであった。見ると同い年位の少女達が楽しくお喋りをしながら待っていた。普段着ではない同じような服装で集まっていることから、少女達も何処に通っているようだった。
『あの子達も、これから働きに出てるのかな。』
そう思いながら少年は、少女達の楽しそうにしている様子に目を奪われていた。というのも、毎日薄暗く、油臭い工場で働いている生活を送っていた少年にとって、朝早くこんな所で女の子達が楽しそうにしている光景は、とってもキラキラ輝いていて、何か別の世界がそこにあるように思えたのである。見とれてしまった、そんな呆然と立ち尽くして見ている少年の姿は、多分間抜けな様子にも見えていたのかもしれない。そしてその少女達の中のひとりがこちらを見ている少年に気付いたようで、お喋りをしながら少年の方に振り向いた。
少年は、はっとして息を飲んだ。美しく大きな瞳と穏やかな優しさ。振り向いた少女の姿は、その一角がまるで切り取られた情景のように時が止まって見えたのである。
眩しいほど綺麗だった。~」
娘達は、にやにやと少しほくそえんだ表情を浮かべています。
”ひょっとして男の子は、その女の子に一目惚れしたってこと?”
その意味深な言葉に、おじいさんも微笑んで応えます。
「いやいや、12歳の少年には、恋をするとか惚れたなんてことはまだ分らないよ。でも確かなことはね、心に突き抜けるような輝く瞳が、図書館で見て鮮明に記憶していた絵画の少女、その瞳にピッタリと一致したんだ。それ以来、その曜日の朝に少女に会えることで、工場で働く辛い日々だったけど、その中の唯一の楽しみになったんだ。」
年頃になれば女の子は当然のことですが、娘達は、そんなロマンスのような話になって関心を持ってきたのでしょう、少女に抱いた少年の甘い気持ちに興味津々で、楽しくなってきました。
「それじゃあ当然、お友達にはなったんだよね。」
おじいさんとしては、話の意図するものから外れて喜んでいるので、しょうがないなって表情です。
「この時代はね、そんな好きだとか恋だとかは駄目なんだよ、考えていただけでも弛んどるってどやされるんだ。挨拶だってなかなか難しいんだぞ、女の子に声をかけるなんて男子として恥とされた。ましてそんなことをする度胸など持っているはずもないじゃないか。」
“え~、そんなのつまんない。”“片思いを続けた初恋の話なの?、違うよね。”
お互い顔を見合わせながら興味を示している娘達の茶目っ気ぶりに、おじいさんはちょっと戸惑っています。
「仕方ないなあ、まあ、そうは言ってもな、朝、駅で出会うことが多くなれば、お前達が思うように、自ずと少女への思いは深くなってしまうよな。そしていつしか、できれば二人だけが出会うようなことがないかな、なんて思うようになったんだよ。」
“偶然でもいいから何か起こるといいよね。”
下の娘が、ロマンチックな展開を期待して言葉が出ます。
「まあまあ、落ち着いて聴きなさい。
~ 日本の戦況が泥沼の様子を呈してくると、さらに国内の状況も厳しくなっていった。そしてこの頃から、玉砕の噂、特攻隊の出陣や空襲を受けた街の話をよく聞くようになった。そうして間もなく、あの少女達がぱったりと朝の駅のホームで姿を見せなくなってしまった。~」
“ええっ、それじゃあこれで終わっちゃうの?、少年さん、がっかりしちゃうんじゃないの?”“今度の話は、ずいぶん短いんだね。”
「まあまあ早合点しなさんな、話はこれからなんだぞ。
~ 少年は、少女に会える楽しみがなくなって、すっかり元気を落としてしまった。そしてもうちょっと自分に言葉を掛ける勇気を出せていたらと後悔していた。そしてこれからもまだ続く味気ない工場の日々を悲しく思っていた。更に、戦況が厳しくなるにつれ、工場の労働も時間が延ばされていき苛酷になっていった。その労働の厳しさに耐え切れず倒れる工員も出始めた。まして大人の体力など無い他の少年の工員達も次々に操業から脱落して行く状態になった。それはまるで地獄の中に居るようだった。そしてとうとう、少年も労働中にめまいを起こし、工場内の様子がぐるぐると回りだしたかと思うと、その場で倒れてしまった。~」
“もういいよ。”“どうして辞めちゃわないの?、そこまでお国に尽くさなければならないの?”“死んじゃうなんてないよね?”
少年の状況を心配したのか、娘達は不安げに言葉を漏らしました。おじいさんは、うんうんと頷き、話を進めます。
「~ 少年は意識を失っていた、確かにぐったりとして、資材置き場の片隅にむしろを敷いて、そこに横たわっていた。死の淵を辿っていたのかもしれない。それを見かねて仲間の工員の1人が、途中でこっそりと少年を連れて工場を抜け出し、少年の自宅まで送ってくれたのである。それから少年は目覚めることなくそのまま眠りについてしまった。~」
外は未だ日は沈んではいませんでしたが、話している部屋には光が差し込まなくなり、お互いの姿以外見え辛くなるほど辺りは薄暗くなっていました。
「その夜、少年は不思議な体験をしたんだ。眠っている傍で、何かが自分を何度も呼ぶ声がするんだ。」
下の娘が目を丸くして、顔を強張らせています。
「・・・それってお化けが出たの?。」
「お化けかどうかわからないが、その声は、女の人のような優しい声なんだよ。
~ 少年はすごく疲れていたからか、そんな幽霊や妖怪などと考えることさえも出来なくなっていた。それでもなんとか体を起こしてみると、部屋の足下の一角がなんとなく明るくなり、そこから声が聞こえて来るようだ。何故だかわからないが、以前から親しくしている人がいるような感じがした。そして尋ねてみた。
>誰かそこにいるのかい?
少年が尋ねると、声が返ってきた。
>驚かせるつもりはなかったのです。いつも貴方の心の声を聞いています。親しい貴方がこんなに苦しんでいることをとても心配しています。
ここに来て少年は、本当に何かが化けて出てきたのではないかと思い始めていたが、案じてくれているその言葉は不思議な安らぎを与えてくれていた。
>ひょっとして、毎朝お参りするお稲荷さんですか?
するとまた声が返ってきた。
>今まで一生懸命にやってきているのに、何故あなたがこのような苦しい目に遭うのか私にも分かりません。残念ながら私には、今のあなたを直接助ける力はありません。ただこうして現世の物音になって出て来れたのは、私達を創られた御方の導きであるのだと思います。物事の流れとは、偶然の重なりのように見えますが、実は必然の道筋を辿っているのです。私は、人々の心の世界に生けるものです。そこであれば自由に行き来できます。そこで明日の今時分、枕元に伝え合う器を置いておきます。この器は心の世界に話しかけることができるものです。かける前に話したい方を思い、器の上に置かれている子器を取って耳に当ててください。相手が意識のない時、たとえば眠っている時でも、相手の夢の中に話しかけられます。眠っているのですから、その時は多分返事はしないでしょう。そして今、あなたが心を寄せている方に話して頂いて、少しでも元気を取り戻して下さい。ただし約束があります。心を互いに通わす力は、この世に生ある物全てに備わっているのです。そしてこの力で互いに助け合って生きています。けれども人は、自分の欲望にまかせて、お互いに疑い、ののしり、恨み、最後は傷つけ合うばかりです。私達を創られた御方はそんな人の性を憂い、相手を思いやる心、慈しむ心を与え、ようやく心を通わせ共に生きることができるようにしてくださいました。この器は、慈愛の力で造ってあります。ですから、相手を気遣う思いで話してください。そして絶対に、自分の名を明かさないでください。私達を創られた御方は、慈愛の器を欲望に使ったとして、十年の間、相手に会えなくなる罰を下すことでしょう。
と囁いた。~
話がここで終わったのか、ほのかに明るかった辺りが再び闇になったんだよ。」
“本当に、お稲荷さんが出て来てくれたんだね。”“これから少年は、幸せになるんでしょう?”
「まてまて、お前たちはすぐ先を考えたがるな・・・確かにその翌日、少年は不思議なことにもう体力が回復していたんだ。世話になった仲間達のこともあって、自分だけが寝ていちゃ駄目だと思い、頑張って工場に出ることにしたんだよ。相変わらず辛い仕事だったが、その夜に何を話すか頭がいっばいで、思ったより余り疲れを感じなかった。」
“本当は少女に自分の気持ちを伝えたいけど、約束を守らないとだめだし、何て言うか難しいよね。”
おじいさんは少し座り直し、膝に手を当てて2、3度腰をトントンと叩きます。すると下の娘が、おじいさんの後ろに回り、肩をトントンと叩いてあげます。
「ああ、ありがとう、歳は取りたくないもんだ・・・さて、話を続けるよ。
~ その日の仕事が終わり、自宅に帰って、病み上がりの労働で相当疲れて頭がくらくらしていたが、少年は昼間に考えた伝えたい言葉が約束通りかどうか、飯を食べる時も繰り返し繰り返し確認していた。そうしているうちにたちまち夜更けになった。~」
“ドキドキするよね。何って話すのかな。”
「~ 言われた時刻の頃より随分前から枕元に座って待っていた。本当にお稲荷さんが言った物が現れるんだろうか、ひょっとして夢を見ていただけじゃないかかとも暫く考えていた。すると昨日声の聞こえて来た辺りが、また少し明るくなって来た。~」
“出た?”「出て来たの?」
「そうだよ、お稲荷さんが来られたかとちょっと明るい方へ目を向けてみたんだ。すると、コトンという音が聞こえたので、また枕元に目を戻すとそこにあったんだよ。」
「本当に?、話しかける器だよね?」
「そうだ、赤い電話機が置いてあった。」
“やったあ!”“それでそれで?”
「少年は心得ていたけど、やっぱりちょっと驚いてしまった。
~ そして、大きく息を吸って、あの輝いていた瞳を思い浮かべながら受話器を取った。
>僕の声が聞こえますか?、朝、ホームで見えなくなったけど、元気にしているんだろうね。今は戦争で大変な世の中になっているね、僕の働く工場は、沢山の大人が兵隊に行ってしまい、今や若い工員達ばかりなんだ。やがて戦争も終わる時が来るだろう、けれども、大人がこんなに亡くなってしまったこの国は、これからが本当に大変だよ。工場と同じように、この国を支えて行くのは僕らだろうからね。この先どうなるか分からないけど、頑張っていくよ。君も身体に気をつけて、決して諦めないで、いつかまた元気で会える時を楽しみにしているよ、それでは。
少年はそう言って受話器を置いた。~」
夕方から風が出ていましたが収まったのでしょうか、いつの間にか風鈴の音がしなくなっていました。部屋の中はほのかに赤みを帯びて、更に暗がりが深くなっています。娘達は、何も言葉に出せません。少年の言ったことに心を奪われていたのです。今よりずっと遅れた社会だろうと思っていたのですが、同じ位の歳頃で国や人を支えていくことを心得ていたということが、自分達より遥かに大人であることに言葉が出なかったのです。おじいさんは優しく気遣いの言葉を入れました。
「何も言えなくても恥ずかしくないのだよ。今、平和な時代に生きているお前さん達が、少年が立たされていた運命を理解してくれただけで十分さ。」
娘達は、くすんくすんと静かに涙をすすっています。おじいさんはまた話に戻ります。
「~ 翌日、少年はいつもの通り工場へ向かった。当然昨晩のお礼もかねて、お稲荷さんへもお参りした。そして少年の心は、今までと違っていた。目標としていた山を登り切ったような達成感で自信に満ちていた。~」
「良かったね、その後はあの女の子と元気に再会するの?」
「続きを話すけど聴いてくれるかな?
~ こうして、少年は再び工場での労働だけの生活になったが、これまでとは違っていた。そう、いつかは彼女と会えるかもしれないと希望を持って日々を送るようになったからである。しかしこの頃には、米国の圧倒的な軍事力の前に敗退を続け、本土にて迎え撃つという状況に追い込まれていた。ひそかにこの町にも空襲が来るという噂が多く飛び交っていた。工場では、空襲に備えて、班ごとに順番で家に帰らず泊まり込みで夜の警戒体制を取るようになった。その日は少年がいる班が当番だった。昼間の暑さがおさまらず連日熱帯夜が続いていたため、寝苦しくて、深夜でものどが渇く。それでふと起きてしまった。柄の折れた金柄杓に汲んだ飲み水を持って、宿直部屋の外に出た。微かにだが、夜風が暑苦しく疲れ切った身体を心なしか癒してくれる。
『返事は来なかったけど、あの娘は今どうしているんだろう。』
夜空に瞬いている星々を眺めながら少年は、その思いを巡らし、一時の安らぎに浸っていた。一息ついて一口水をあおると、南の空の方に目が向いた。その時だった。空の雲の隙間から一瞬キラッと光る物、星ではない、光を反射している硝子玉のようなものが見えた気がしたんだ。そして、間もなくだった。~」
おじいさんは話をいったん止めて、少し間を置いたのです。それは、これから重々しい内容をしっかりと聴いてもらうためなのです。娘達の表情が強張っていました。
「~ ドーン、ドーン・・・それは鈍く重くそして血の気が引く、迫りくる恐怖の爆音が響き渡った。警報のサイレンがけたたましく鳴りだした。ついに、この町にも敵の長距離爆撃機が来襲したのだ。南の地から巨大な火柱が次々とあがって進んで来る。まるで赤黒い、いくつもの連なる大波が迫って来るようだ。~」
“早く逃げないと死んじゃうよ。”
「何もしないで放り出すことは絶対にできない。死んでも工場を守り、国に尽くすよう教え込まれていたんだよ。」
“そんな・・・命より工場が大事なんて。”
「~ 爆撃は、ついに工場でも始まった。凄まじい爆音と火柱があがる。工員達は懸命に消火にあたったが、油を撒いて焼夷弾で燃え上がる火の手にはどうすることもできない。焼け付くような熱風と数歩先も見えないどす黒い煙の中で何ができると言うのか。よく例えでまるで地獄絵のようなと言うが、正にこのような光景のことなのだろう。熱さと疲労、そして何よりも酸欠の苦しさで、ばたばたと仲間の工員達が倒れていく。残り少ない人数で消火作業など本当に焼け石に水、明らかに無意味だった。すでに班長の姿も見えない。ついに豪火の壁で囲まれ、身動きできない状態に追い込まれてしまった。そして、互いに声を掛け合い、生きていることを確かめ合っていた時、天井が崩落し始めた。~」
“みんな死んじゃうよ。”
「~ 少年は取り合えず、はいつくばるしかなかった。とその時だった、靴底に何か当たっていることに気付いた。それは、床下にある収納の鉄フタの取手だ。この中に入るしかない。咳き込みながら必死でフタを開け、中に潜り込んだ。そのとたん頭上からの崩落によってだろう、フタにドンと重みがかかったと思うと急に閉まってしまった。~」
話がここでいったん落ち着きました。続け様に話し続けたためか、おじいさんは少し疲れているようも見えます。しかし娘達は、この先の内容早く聞きたがっていました。
「少年はどうなったの?・・・おじいちゃん。」
おじいさんは、先を話すために気持ちを整えています。
「ちょっと待ってくれ・・・頭に当った・・・そう、鉄のフタが頭に当たって、気を失ってしまったんだよ。それからどれ位の時間が経ったのか分らないくらいにな。顔にしとしとと水がかかるのに気が付いて目を覚ましたんだ。」
“ああ、良かった、助かったんだ。”
「~ 身体中が熱くて痛いほどだったが、幸運なことに動けなくなるような怪我や火傷を負ってはいなかった。フタの隙間から光が入ってきて、陽の光が差しているのが分かる。朝を迎えたようだ。鉄のフタはかなり重いが不思議に熱くなかった。仰向けになり、手でフタを押してみた・・・動かない。そこで脚をどうにか上手く曲げてフタに足の裏をあて、押し伸ばした。すると、ゴリゴリとどうにか上に開けることができた。少年は、むくりと上体を起こしたが、暗闇に入っていたせいか目が光に慣れず、周りはかすんでいた。でもようやく、周りの様子がはっきり見えてきた。~」
「どうなっていたの?」
「~ ああ・・・なんてことだ。破壊し尽くされた工場内に朝日が差し込んでいる。余りにもの壮絶な光景に、暫くただ茫然と周りを見ていた。半日前、あんなに活気にあふれていた工場が、どうやればここまでと思うほど跡形も無い。~」
上の娘が呟くように尋ねました。
「少年はどうして助かったの?」
「屋上に備えてあった貯水槽が崩れ落ちて、タンクから水が漏れ出していた。工場が燃えさかる間も、その漏れ水を幸運にも被り続けてたんだよ。」
“ああ、それで鉄のフタが熱くならなかったのかあ。”
助かった訳が分かって下の娘もホッとしています。そんな娘達の素直な様子で、おじいさんが話そうとする想いを保てるのです。
「~ やがて空襲は去った。しかし、まだあちこちで炎がくすぶり続けていた。少年は熱い物を踏まないよう、漏れた水が流れていった道筋の上を歩いた。その途中で、焼け焦げた人形のようなものが横たわっている。それは仲間の工員だった。折り重なり焼け死んでいる。この時、少年は不思議にも悲しみや恐れが心にが湧いてこなかった。人は、壮絶な状況に置かれると感情を動か
せなくなる。つまり、心を見失ってしまうのだ。ただ、
『僕は生き残ったんだ・・・帰ろう・・とにかく家に帰ろう。』
、とだけ自分に言い聞かせた。」
娘達はすごく辛い顔でした。もうこれ以上聞き続けられなくなりそうです。
「それから少年はお家に帰ることができたの?」「まだ、こんなに苦しいお話が続くの?」
おじいさんは、そんな娘達に、優しく、そしてわざと少し笑みを見せて尋ねました。
「耐えられないようなら話を止めようか。」
そんな思いやりに頷きながら答えます。
「でも・・・頑張って最後まで聞くよ。」「私もそうだよ。だって、楽しみにしているおじいさんの話だもん。きっと何か伝えたい、大事なことがあるのよ。」
娘達なりの気遣いの言葉を聞いて、おじいさんは少し涙を浮かべて、話を続けようとする気持ちを保つことができました。
「少年は、帰る道筋を線路沿いに歩くことにしたんだ。
~ もう汽車は動いていないだろう、迷うことなく帰れると考えたからだ。取り合えず、道が見えなくなっていても方向だけで確実に行ける所、いつも使っている駅に足を向けた。駅までの道のりも、これまでと同じくひどい状態だった。途中、よく寄っていく雑貨屋辺りに来た。昨日もサイダーとかき氷を買った。“いつもありがとうね、これもおまけだよ”、と言って好くしてくれた店のおばさんの笑顔を思い出した。表看板の最後の文字が道端に転がっていた。もう喉が渇いて身体中がカラカラなのに、少年の左目から涙が一つ落ちた。同じ人間同士、どうしてここまで酷いことが出来るのだろう。そう思いながら、静かにしゃがんで焼け落ちている店に向かって手を合わせていた。するとコトコトコトっと店の何処からか何か振るえている音が聞こえて来た。~」
「ひょっとして、店に誰かいるの?」
「~ そう、少年もそう思って、瓦礫の店の中を良く見回した。
>誰かいるのですか?
そう言うと暫くしてまたコトコトコトっと聞こえて来た。どうも奥の納品棚辺りのようだ。慎重に周りの物に気を付けながら店の中に入って行った。かなり灰が被って、床が見えなくなっている。コトコトコト。よく見ると、聞こえる部分で灰が舞い上がっている。少年は、そこの灰をそっと除いてみた。
>あっ。
少年はあまりの出来事にそう言って息を飲んだ。~」
“えっ、何があったの?”
目を丸くして、娘達は興味津々です。
「なんとそこから、あの赤い電話機が出て来たんだ。」
”ええ!””どうして?”
娘達も、驚いています。
「~ 少年は、お稲荷さんが何か自分に伝えたいのではと思いとにかく受話器を取った。
>僕の声が聞こえますか?お稲荷さんですか?
すると微かな声で、何か聞こえてきた。もう一度、
>誰ですか?何処から言っているのですか?
暫くして、振るえる声が、そしてとぎれとぎれで聞こえて来た。
>・・・です。母さん・・駅の・・・います。~」
思わず、下の娘が叫んだ。
“あ~あの娘だ!”
「そうなんだ、少年も声を聞いた瞬間に店を飛び出して、駅に向かって懸命に走った。」
先程まで沈み込んでいた娘達は気持ちを取り戻して、次の話の続きがどうなるのか気持ちが駆り立てられます。すると同時に、上の娘が首をかしげて呟きます。
“どうして駅にいるの?”
「確かにそうなんだが、一心不乱に走っている少年には、そんな疑問を持っている余裕はなかったんだ。道は様々な物が散らばり、足の踏み場を探すほど荒れていたんだが、それでも、ひたすら駆けていく。」
両手で膝を抱えている娘達の姿がぼんやりとしています。もう日が暮れてしまいました。でも、二人は瞬きをせず、目を丸くして真剣に聞いているのです。
「~ そして少年は駅に着いた。~」
“少女を見つけたの?”
「~ やはり駅も壊滅して、さんたんたる状況だ。~」
“でも、絶対見つかるよね。”
「~ 少年は、絶対見つけてやると心に誓って、がれきの構内に入った。
『彼女は、あのホームの付近に絶対にいるはずだ。』
そう心に言い聞かせて改札を乗り越えていった。すごい鼻に突く臭いだ。黒焦げになって線路に並んでいる車両、巨大な骸骨が列なって横たわっているかのようだ。特にそこからの焼けた臭いが、目に染みるほどだ。その傍らに、焼けた2体の亡骸が俯せになっている。女性の駅員だった。戦争になると男の人が兵隊に出て行ったので、女性や少年の駅員も沢山いたんだ。おそらく車両の消火作業中、猛火の赤い舌にやられたのだろう。ホームは、飴細工のように折れ曲がった鉄の柱の所だ。少年は、急いでそこに行って周りをくまなく探しまわった。~」
「そ、それでどうだったの?」
「それが、何回も見直して探しても見つからないんだ。」
“やっぱり・・・。”“お姉ちゃん、分かるの?”
上の娘は、予測が当たったようです。
「~ 少年はあせっていた。
『そうじゃない、当たり前だ。』
心を落ち着かせてよく考えてみると、あることに気付いた。空襲は、真夜中に始まったのだ。少女が、そんな時刻にホームにいるはずがない。この広い構内では探すのに相当時間がかかってしまうし、もしもの時には手遅れになりかねない。~」
“でも、駅だって言ってたから諦めないよね。”
おじいさんは頷いています。
「~ 少女は必ず此処にいる。少年の考えは揺るぎなかった。改札付近から探すことにした。また来た通り戻ることにあまり気が進まなかったが仕方がない。何故かって?再び倒れている駅員の亡骸の前を通るから。遺体をなるべく見ないようにと通りかかった時だった。
『あれ?』
1人の駅員の位置がさっきとずいぶん違っている。すると、微かにだが、確かに声が聞こえて来たのだ。~」
“駅員さんの声なの?”
「~ 少年は、慌ててその駅員のもとに寄って、上体をそっと起こし、声を掛けてみた。
>大丈夫ですか?”
顔が見るに堪えないほど腫れ上がり、目の位置も分からない。でも、確かに息がある。するとしわがれた声で、たどたどしく返事が帰ってきた。
>・・私は・・もう駄目・・娘が助けに・・、向かいの倉庫に・・・。
と言いかけて首がうなだれてしまった。~」
“あの子のことじゃないの?、早くしないと。”“お母さんだったんだ、でも、死んじゃったんだよ。”
命が尽きる前に母親が少女の居所を伝えたのです。しかし同時に少女が母親を失ったことを語られて、娘達は複雑な思いになっていました。
「~ かなり焼け落ちていたが、後ろに振りかえれば確かにこの場の向かいに倉庫のような建物が残っている。
>おかあさん、あ、ありがとう。
少年は涙を流しながら一言残し、いつ天井が焼け落ちるかもしれない建物の中に分け入って行った。そして瓦礫を乗り越えて下を見ると、何だかぬかるんでいる。何か、薬品の液体のようだ。踏み込んで二十mほど進んだところだった。首から何かを提げて横たわっている人影が見えた。~」
“それで、それで?”
「ついに少女を見つけたんだ。」
“やった~。”
娘達は、両手を握りこぶしにして喜んでいます。
”少女は大丈夫? 生きているよね。”
「~ 大急ぎで覆いかぶさっている瓦礫を取り除きはじめていく。そして、表面の灰にまみれたところを取り除いたところだった。
『うっ・・・』
息が一瞬止まった。~」
“ど、どうしたの?”
娘達の気持ちが緊迫感に急変しました。
「~ 少女の下半身が、大きな鉄の扉の下敷きになっている。
『こ、これは、大変だ。』
少年は、まず少女がどんな具合でいるか、よく顔を見た。うっすらと汗をかいている。
『大丈夫だ、生きている。』
だけど、気を失っている。扉の転倒によってかもしれない。しかも、熱があるようだ。問題は、この鉄の扉だ。少年だけの力では、とうてい動かせそうにもない代物だ。~」
“じゃあ、どうやって助けるの?”
「~ 少年は、心に言い聞かせた。
『御稲荷さんが導いてくれたんだ。亡くなったおかあさんのためにも絶対助けるんだ。』
心を落ち着かせて、扉の下の状態を見てみた。完全には倒れていない。扉は床から少し浮いている様だ。なぜなら、鉄の扉は少女の身体だけなら多分潰してしまうほどの重厚な大きさだからだ。よく見ると、ここもぬかるんでいる。地面にできるだけ押さえながら身体を引っ張れば、引き出せるかもしれない。少年は急いで、少女の腰から上の瓦礫を取り除いた。そして水筒を外し、少女の両脇に手を回して、はいつくばるようにして、ゆっくりと身体を引いた。
『うううう・・』
すると少しづつだが、徐々に少女の身体が引きずり出てきた。~」
“頑張って、これで大丈夫だよね?”
下の娘は、お話にお願いするように言いました。
「~ 引き出す時に、気を失っているにもかかわらず、少女が苦痛で顔を歪めだことに気付いた。やはり足を傷めているみたいだ。状態を診るために、汚れている足を優しく服で拭いてみる。そうしているうちに、少年は自分の血の気が引いていく感覚に襲われた。~」
少女が見つかったことで、娘達は少し安心していました。しかし、この言葉で再び緊迫感に引き戻されたのです。
「~ 少女の足は汚れているのではなく、色が変わっているのだ。
『これはいけない、早く治療しないと足が駄目になってしまう。どうりで気を失っても汗が続くのはずだよ。』
少年は直感した。このまま少女を背負って隣町の病院までいくには、自分の体力が続かない。また、一刻も早く少女を連れて診てもらう方法としては、時間がかかってしまう。
>何か運ぶものがないと駄目だ。
少年はそう呟きながら、必死で辺りを探し回った。たが、それらしき物はありそうにない。駅の外に出て、あてもなく探している余裕も無い。少年は、打つ手に詰まってしまった。~」
#「どうにかしてあげられないの?」
娘達も、少年の加勢をしたい一心です。おじいさんは、そんな自分の話に没頭してくれている優しい様子を愛おしく見ていました。
「~ 『そうだ、工場の資材倉庫の前に、リアカーが転がっていたんだ。』
少年は、工場を出る時には気にも留めなかったが、焼け残っていたリアカーが転がっているのを思い出したんだ。」
“それじゃあ、これからそのリアカーを取りに工場に戻るんだね。”
心から応援しています。おじいさんも、うん、と頷きます。
「~ ここにいても、彼女は身体が衰弱して行くだけで、いずれは持たない。少年は、この激臭の場所から少女を連れ出すことを決心した。足を傷めて熱に苦しんでいる少女とこれから急いでリアカーを取りにいく少年は、もうすっかり身体が渇ききっていた。このままでは、2人とも渇きで動けなくなってしまうだろう。~」
上の娘が思わず言い出した。
“おじいちゃん、ほら、あれよ、少女の水筒があるじゃない。”
「そうなんだ。
~ 少年も、さっき首から外した少女の水筒を手にとって振ってみた。
『水がある、少しだけど、まだ残っている。』
しかし彼女が自分で水を飲むことは、とうてい無理だ。少年は、水筒のフタを開けた。そして、心の中で切実に願いを込めた。
『この水は、君が残してくれた命の水だ、どうか僕のためにも飲んで。』
少女の身体を少し起こし、膝に乗せて支えた。そしてあごに手をあてて顔を少し天にむける。水筒の水を少し服に濡らし、口の汚れを拭った。少年は、水筒の水を全部口に含んだ。
『お母さんのためにも、生き続けるんだ!』
そして、そのまま口づけをするように優しく唇を重ねた。吐き出さないよう気をつけながら、少しづつ少女の口の中に注ぎ込んだ。~」
娘達は、立てた膝に肘を乗せて、顔を両手で鼻まで押さえて、固唾をのんで聴いています。語られる状況が、正に眼の前で起こっているかの様な感覚に陥っていました。
「すると、なんと奇跡が起きた。」
けがれない純粋な願いと共に思わず言葉を漏らします。
「水を飲んでくれたの?」
「~ そう、ぎこちなくだが、命を救うためとっさに思いついた行動だった。この少年の懸命な行いに応じるように、ゴクリと飲み込んだ。
『ああ、飲んでくれた・・・良かった・・・』
少年は、身震いするように沸き上がって来る感激で、満面の笑顔になった。~」
# グスッ、グスッ・・・
ずっと強張った顔をしていた娘達も、涙を指で拭いながら、心から喜び笑顔になりました。命を救う一心でした給水の口づけ。この口づけは今までどんな著名な文学にもなく、有名なロマンスの話にもなかったものでした。娘達は、これこそが真実の純粋な愛だと教えられたのです。
「~ 少女が水を飲みきったことを確かめると、少年も僅かに残った分を飲んだ。そして、これからやるべきことが定まった。少年は、顔が引き締まった。水筒を首にかけ、少女を背負うと、歩き出した。疲れを感じなくなった。使命感が身体を突き動かしている。そして真っ先に、外に横たわっている少女の母の所へと担いで止まった。少女が見えるように立った。
>お母さん、娘さんは大丈夫だよ。どうか僕らを見守っていてください。命ある限り頑張ります。
そう少女の母に向かって、心からの誓いをたてた。少年はひとつ息を整えて、これからの難業の敢行に出発したんだ。~」
日が暮れてもう随分時間が経ったのでしょう。外は僅かな夕方の明るさが空に映っているだけになっています。何処からか、豆腐売りのラッパの音が聞こえて来ます。
“すっかり暗くなったな。”
そう言っておじいさんは腰を上げて、吊り下げの蛍光灯の点灯の紐を引っ張ると、パチパチとグロー点滅しながら明かりが燈ります。
「~ 改札を乗り越えて、まだ焼け残っている駅入口の柱の傍に少女を降ろした。これからリアカーを取って来る間、此処なら日陰で夏の陽射しから守ることが出来る。
『ここでちょっと我慢して待ってて。すぐに戻って来るからね。お稲荷さん、お母さん、僕がいない間、娘さんをお守り下さい。』
少年は、そう願いをかけて駅を駆け出した。~」
ここでおじいさんは、少し咳払いをしてしまいました。娘達は、早く次の話を聞きたい気持ちだったのですが、一息に長く話してくれたことに疲れてきたんだろうと思いました。
「おじいちゃん、ちょっと待ってて。」
下の娘は台所に行って、そして湯のみ茶碗に入れた麦茶を持って戻って来ました。
「ありがとう。」
おじいさんは、丁寧に茶碗へぺこりとお辞儀をすると、ゆっくりと麦茶を味わいます。
「ふう、楽になったよ・・・さて、話を続けるよ。」
おじいさんも、娘達が話の続きを待ちわびるているのはわかっています。
「~ もちろん少年は、工場へと全速力で走っていた。その間、沿道には駅に向かうときに比べ、人影を見るようになった。~」
“空襲で助かった人達に出会えるようになったの?”
その言葉は、娘達が何か楽観的な救いを何処かに求めているのでしょうか。しかしおじいさんは首を振って、話し続けます。
「~ やけどの皮膚が露出して、ただ茫然と寄り添って座っている者。うめきながら仰向けに寝ている者。既に亡くなっている子供を抱き抱えて、ぼうぜんとしている母親。大怪我を負って、ただ歩いている者。走っても走っても走馬灯のように、この惨状が繰り返し、繰り返し続く。どこまで続くか分からない非情な光景だ。
『この世の終わりが来たんだ。これからどうやってこの国を元に戻せるんだろう。皆さんを見捨てて、通り過ぎる僕を許してください。』
涙も出ないほど身体が渇いている。少年は心の中で泣き叫びながら駆けていった。~」
“もう何百倍も頑張っているよ。”“どうしたらこんなに、前に前に進むことができるの。信じられないよ、凄いよ。”
おじいさんは、娘達の言葉に応えるかのように、語り続けます。
「~ これほどまでに彼を突き動かすもの。それは、少年の心の中に鮮やかに生き続ける少女のあの輝く瞳だった。また再び、あの瞳を取り戻したい。それが少年の願い全てだった。~」
自分の命を賭けて、何の見返りも求めず、少女をいつでも思いやる姿に、娘達はすっかり少年の献身的な姿に魅了されていました。
「~ そしてようやく工場に到着した。
『資材倉庫は、第一作業場の奥にある建物だ。工場を出る時、脇に転がっていたはずだ。』
急いで駆け付けると、焼け残ったリアカーが横倒しになっていた。
『よし、あとは敷物と水だ。』
次に宿直小屋へ行き、ボロボロになった布団や枕の残骸をかき集め、それを縛って束にした。水は、焼け落ちた貯水槽だ。タンクを覗くと、まだ残っているのが見える。少年は、布を裂いて縄を作り、まず敷物の束に結わえ、それを水の表面に浸け、浮いている汚れを取り除いた。そして次に、持って来た少女の水筒に縄を結わえ換えて、重りをつけて、上澄みの水を汲み取った。~」
“うわ~、すごく頭良いね。”
娘達は、少年の手際の良さに感心しています。
「~ 少年は、汲み取った水筒の水を飲んでみた。
『うん、大丈夫だ。』
すぐにリアカーに戻って、敷物の束を結わえ付け、工場を出発した。日が昇り、夏の青空が広がっていた。以前として町のあちこちでは燃え燻る家屋から煙が上がっている。此処がのどかで和やかな町並みだったことが絵空事のような気がする。少年は、早く少女の元に戻ることで頭がいっばいだった。救える望みを抱いて邁進していることで、以前に赤い電話で話し終えた時のような充実感でいっぱいだった。~」
“戻るまで、あと一息だよね。”“病院に運ぶまで、頑張って。”
夢中になって聴いていますが、この話はずっと昔にあった出来事なのです。娘達には、もう過去という時代のはざまなど、全く意識から無くなっていました。
「~ これから何をやるべきかはっきりと自覚していた。大人でもそうおいそれとはいかない難業を前にしても、はたして自分に果たせるんだろうか、という気持ちは微塵もなかった。
# ゴトゴト ゴトゴト ゴトゴト・・・
リヤカーを引いて、雑貨屋を過ぎて、2番目の角を右に曲がればもう駅だ。少年は、角を曲がった。駅が、どんどん近づいて来る。敷物を敷いたリアカーで少女を運ぶ自分自身の姿が、少年の頭にはっきりと浮かびあがっていた。そして・・・
>ただいま、帰ったよ、水を飲んで、一息ついたら出発しようか。
そう叫びながら、駅の入口の前に着いた。入口に目を置いた瞬間だった。
『・・・・・』 ~
少年は、いきなり魂を引き抜かれたかのように、力を失ってリアカーの取っ手を地面に落としたんだ。」
「えっ、何かあったの?」
おじいさんは、静かに落ち着いた口調で語りました。
「柱の陰に、少女の姿はなかった。」
娘達は、すっかり動転しています。
“え~、どうして?、何がなんだかわからない。”“誰が、連れてっちゃったの?”
「~ 少女が自分で起き上がって歩いていくことはあり得無い。何処か痕跡が残ってないか、探しまわったんだ。
『なぜなんだ?、どうして、いなくなったんだ。まるで神隠し・・・あっ。』
少年は、とっさに思い当たることが分かった。~」
何故だか分からない娘達は、その理由を早く聞きたがっています。
“えっ、どうしたの、どうしたの。早く話して。”
「雑貨屋での赤い電話のことを思い出したんだ。そうだ、微かな声だったけど、彼女は自分の名を言ったようだった。」
“え~っ、そんなのないよね、だって、聞こえてないじゃん。”“どうしてここまできて、罰を下すの?”“ひど過ぎるよ、もういやだ~。”
下の娘は、泣きながら自分のことのように悔しがっています。そして上の娘は、すがるようにおじいさんに尋ねました。
「その後、どうなったの?、少女は、見つかったの?」
「それでもしばらく、辺りを探しまわったんだ。
~ やがて日は傾き始め、夕暮れが近づいてきた。少年は、少女が居た柱の陰に座り込んで、無力感に泣き続けていた。
『ここで一夜を明かすわけにはいかない。母さん達が、大変心配しているだろう。帰ろう。』
少年は、そのまま線路沿いに歩き出した。名残惜しく後ろを振り返ると、残したリアカーに駅の影が長く伸びていた。~」
おじいさんはここで話すのを止めました。物語が終わったのでしょう。なぜなら、急展開するような奇抜な話を今までされたことがありません。上の娘が、おじいさんにお礼を言います。
「おじいちゃん、本当に良かったよ。凄く哀しいお話だったけど、今までしてくれた中で一番感動したよ。これで終わりだよね。それで最後にだけど、少年はその後どうしたのかあるんだったら教えてくれる。」
下の娘は、体育座りのままで膝に顔を伏せています。
# コトコトコト・・・
台所から夕飯の支度をする音が聞こえて来るとういことは、もうそんな時刻になっています。おじいさんは、先程もらった麦茶を飲みほしました。
「よくここまで聴いてくれたね。おじいちゃんは嬉しいよ。それじゃあ、この後の少年がどうなったか、もう少ししかないが話すよ・・・・。
~ 少年は、唯一少女が残した水筒を大事に首に掛け、線路沿いを通って家に帰っていった。当然、少年の安否を心配して家族は、無事に帰って来たことを喜んだ。その後数日間、死んだように眠っていたが、やっと体力が戻った少年は、もう一度駅に行って、信じがたい事実が本当だったのか確かめに行った。駅に着くと、やはり少女がいなくなった時の空襲で焼けた惨状のままだった。そして工場から持って来たリアカーは、もう無くなっていた。誰かが持って行ってしまったようだ。
『そうだ、少女のお母さんは、あのままなんだろうか。』
少年は、再び構内に入った。やはり既に、少女の母を含め、2人の遺体はそこにはなかった。誰かが運んで、丁重に埋葬してくれたのだろうか。確かに、街のあちこちで、疫病が出ないよう沢山の身元の分からない死体を火葬している様子を見かけていた。~」
“やっぱり後で駅に見に行ったんだね。”“戦争は恐ろしくて、結局悲しみしか残らないのに、何故今でもなくならないのかな。”“そろそろ夕ご飯が出来上がる頃かも、ちょっと見てくる。”
そう言って立ち上がる下の娘に、おじいさんが声をかけました。
「あっ、待ってくれ。お腹が空いて来たと思うけど、まだ続きがあるんだ、聴いてくれるかな。」
娘達は、目を丸くしています。
「おじいちゃん、早合点しちゃってごめんなさい、もちろん話してくれる。」
再び座り直しました。2人は最後まで聴こうと顔つきを変えます。
「それじゃあ続けるよ。」
おじいさんは、そう一言置いて話し始めました。
「~ それから月日が流れ、少年は大人になった。その後、建築の勉強をして、建設業の道に進んで一生懸命働いていた。それでも歳月が経ったとはいえ、これまで少女のことを片時も忘れてたことはなかった。それに、お世話なったお稲荷さんへも忘れずお参りしていた。その時は必ず、
『あの娘は、今も生き続けるいるのでしょうか。また、十年の罰を下されてもかまいません。どうかもう一度、赤い電話を出していただけないでしょうか。』
といつもお願いしていた。そしてついに、あの追悔の日から十年目の日が来た。」
娘達は、既に気持ちが強く高揚し、緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込みます。そして今度はおじいさんが終わりと言うまでは、絶対口を挟まないと心に言い聞かせていました。
「~ 青年は、その日も仕事に疲れきって帰って来た。それでも奇跡が起こるかもしれない。一日中何を話すべきかを考えていた。そして、疲れてはいたけれども、枕元に座り辛抱強く待っていた~。」
『あの時と同じだ。』『赤い電話が出てくるのかな。』
娘達は、お互いの心臓の音が分かるくらい胸を膨らませています。
「~ しかしながら、何かが起こる気配がしない。時間が、刻々と過ぎていく。そしてとうとう外が白み始めた。さすがの青年も、疲れとその睡魔に耐えきれず思わず眠ってしまった。」
『ええ~、お稲荷さん、どうして?』『十年の罰は終わったんだよね?』
期待は落胆に変えられました。その表情がありありと出ています。
「~ 青年の眠りが深くなると、もう何千回も何万回も同じ夢を見てきたことか。やるせなく、そして哀しみに満ちている夢だ。
『また先の無い暗い闇だ。あの娘は、僕の前からいなくなった。あの時、片時も目を離すべきじゃなかったんだ。お母さん、娘さんをまもることができなくてごめんなさい、僕の責任です。』
いつも自らを責める夢にみまわれていた。~」
“青年さん、かわいそう。”
話を聞きながら、また下の娘はぐすぐすと泣き出しました。
「すると、するとなんだ。今回は暗い闇の中から、僅かに一筋の光が見えてきたんだ。」
『えっ・・。』『もしかすると・・。』
「~ やがてその光の奥から微かに、何かが聞こえてくる。
『心を澄ますことに専念するんだ。確かに、確かに声だ。』
すると、
>・・私の・・声、声が、わかりますか?・・・戦争は終わりました。あなたが言ってくれた・・、何があっても諦めなかった。ですから、こうしていられる・・。ぜひ、お礼を・・です。駅のホームで。
と声がした。そして、その穏やかな光の煌めきは次第に収束して消えた。~」
おじいさんの前に2つの安らかな笑顔がありました。
信じ続けていれば、必ず願いは叶う。その思いは、奇跡が起きた驚きを超えていたのです。おじいさんは、娘達がこの物語の本当の意味を理解してくれていることを感じ取っていました。
「~ もう、もう、はっとしてとび起きた。
『いつも会っていた時刻にですね。まだ間に合う、待っててください。』
青年は、急いで車に乗って駅に向かった。~」
『青年さん、本当に、本当に良かったね。』『やっと、願いが叶うんだね。本当に、本当に・・・。』
また娘達は涙を浮かべています。
でも今度はそれまでとは違います。とてつもなく長く苦しい困難を乗り越えた少年の恋に、心からの賛美を送っていました。
「~ 駅に向かう間、青年はいつの間にか頬を濡らしていた。そして少女に出会ったあの頃の記憶が鮮やかに蘇っていた。駅の入口の柱の傍に車を着けると、ドアを開けたままとびだした。改札を駆け抜け、ホームに向かった。すると、ホームに若い女性の後ろ姿が見える。車椅子に乗っている女性がそこにいたのだ。
『あの人では?』
青年は、ホームに駆け移り女性に駆け寄った。そしてその時、女性は青年に振り向いてくれた。
『・・やっと見つけた。僕の前に輝く瞳の少女が・・・そこに、確かにそこに居る。』
青年は、十年前の少年になった。
>あっ・・、私の水筒。
そう言うと彼女は、目にいっぱい涙を浮かべて手を差し出した。
青年は、少女の水筒を首から下げていた。彼女は、にっこりと微笑んだ。
>紗枝と申します。約束通り、元気にまたお会いできました。
青年は、水筒を首から外し、手に取って、心から運命に感謝した。
『ああ・・・お稲荷さん、お母さん、ありがとうございます。僕は、間違っていなかったんですね。』 ~」
話は、終わりました。
“うっうっ・・これは、おじいちゃんと亡くなった、お、おばあちゃんの物語だったんだね。”
“ほんとうに、本当に、いいお話だったよ。おじいちゃん、話してくれてありがとう、ありがとう。”
娘達は、涙を拭うことに精一杯で、立ち上がることもできないようです。そうしているところで、台所で夕飯の支度を終えた母親が部屋にやって来たようです。
“呼んでもちっとも来ないから。いったいどうしているの、もうご飯になりますよ。”
余りにも遅いので呼びに来たのです。
「ママ、おじいちゃんとおばあちゃんの子供の時の話、すごく良かったよ。私達、何度も何度も泣いちゃた。ママも知ってるんだよね。」
母親は、頷きました。
「もちろん知ってるわよ。でもその話は後でね。さあ、冷めないうちにご飯、ご飯。父さんも早く。」
もう窓の外は真っ暗です。電灯を消し、皆は食卓へと部屋を出ていきます。娘達は、今までとは違うおじいさんの一面を知って、何と無く近寄りがたい感じがあったことを忘れていました。その晩の食卓は、不思議な赤い電話の話題で持ちきりです。
「私もね、お嫁に行く前の晩に、母さんからその話を聞いたのよ。あなた達と同じ、泣きながら聞いてたわ。でもね、母さんだけの話だとわからないことがいくつかあって、父さんからの話を聞きたかったのよ。父さん、ちっとも話してくれないんだもの。」
娘達も、顔を見合わせています。
「ママ、そうなんだ。おじいちゃんの話を聞いたけど、おばあちゃんのことでわからないことがあるよねって、さっき2人で話してたんだ。」
その会話におじいさんは、ちょっとばつが悪そうです。
“身内に自分のことを話すのは、やっぱり恥ずかしくてな。”
「おじいちゃん、どうして話してくれたの?」
「それが実は・・・。」
おじいさんは、その理由を話し始めました。
「おばあさんが亡くなった、翌日の夜のことなんだが。その日の晩も熱帯夜で凄く寝苦しくてね。夜中に起きてしまったんだ。ちょっと寝れなくなったんで、おばあさんと思い出話でもしようかと祭壇の前に行ったんだ。線香をたて、霊前に手を合わせ、目を閉じるとな、誰かが私を呼んでいるような気がしたんだ。いや、あれは確かに呼んでいたんだ。最初は、紗枝が出て来てくれたのかと思った。でもよくよく記憶を辿ってみると、いや、違う。もっと前から知っている、懐かしい声だ、と思った時、傍らにあの赤い電話があったんだ。」
# え~っ?
母親と娘達は、驚きました。
「おじいちゃん、それで電話で誰と話したの?」
「もちろん、おばあさんとだよ。」
「それで、母さん何て言ってた?」
娘達、そして母親も、同じ様に落ち着かない様子です。
「おばあさんはね、こう言ったんだよ、
>紗枝です。神様が、この電話であなたに話すことを許していただきました。先に、この世から去ってごめんなさい。あの運命の日以来、あなたから愛情をもらい続け、子供や孫にも恵まれ、本当に幸せでした。私は、こちらの世界にいることになり、顔を合わせることはできませんが、あなたや可愛い我が子、孫と共にありますので、安心してくださいね。だだ1つ心残りなのは、生きているうちに、あの時のことを、子供達に話しておこうと思っていましたが、娘達にはできなかったことです。これからあの子達が、人生を歩んで行く上で、きっと役に立つと思うんです。余り、自分のことを語らないあなたですが、よければ2人に話しておいてくれませんか。次にお話しできる時は、娘達がどうだったのか聴けるのを楽しみにしています。もっと話したいのですが、もう神様がくださった時間が終わります。あなたが、私を愛して下さるように、私も、あなたをいつまでも愛しています。それでは、十年後に。」
今まで、会話が弾んでいた食卓でしたが、静かになってしまいました。
# クスン クスン・・・
母親と娘達は泣いていて、とても会話ができなかったのです。
「ごめん、ごめん。せっかくの楽しい夕飯に、水を差してしまったな、謝るよ。んっ、この筑前煮は美味いな、美智子、お前、料理の腕を上げたな。」
しんみりさせてしまったことを気にして、おじいさんは少しおどけたように言葉を弾ませました。
「いいえ、父さん、娘達に話してくれてありがとう。私にも話さない父さんが、何故話すようになったかわかりました。そして、大好きな母さんの言葉を聞くことができたし。」
母親も涙を浮かべながら、おじいさんに感謝します。するとようやく涙がおさまったのか、下の娘が母親にお願いしました。
「ねえママ、今度おばあちゃんの話を聞かせて。おじいちゃんの話で、わからないところを知りたいんだ。」
「そうよね、ママもおばあちゃんの話で、わからなかったところをずっと知りたかったの、後で話合いっこしましょうね。」
会話の中に、上の娘も加わります。
「私ね、十年の罰って、罰じゃないと思うの。」
おじいさんも、会話に入って。
「それはどうしてそう思うんだい?」
「きっと神様は、その愛が、本当かどうか試していると思うの。だって、その間に他に好きになることもあったりするでしょう。」
「ほ~、おまえもそんな大人のようなことが、言えるようになったのか。」
上の娘はちょっとからかわれたのかと思ったのでしょう。
「そんなことより、おじいちゃん、駄目だよ。来週、おばあちゃんの命日だけど十年目じゃない。それまで何度も、話すチャンスがあったのに、ずぼらだよ。」
おじいさんはまたばつ悪そうにして、頭をかいています。
すると下の娘が一言つぶやきます。
“これから私の前に、おじいちゃんみたいな人が現れるのかなあ。おばあちゃんが、うらやましいよ。”
上の娘も併せます。
“そうだよね。出て来ないと、一生お嫁に行けないかも。”
そんな娘達の言葉に、母親が割って入ります。
「そんなこと、ママは許しませんからね。」
「お姉ちゃん、2組の弘樹くんがいるじゃない。」
下の娘のからかいに、おじいさんもまた乗ってきます。
「ほ~、お姉ちゃん、彼氏がいるのか。」
「ダメダメ、あんなモバイルゲームばっかりやってる奴なんて、まだ子供。」
「そうそう父さん、明日、子供達を連れてそのお稲荷さんに行きましょうよ。」
# サンセ~イ!
楽しい夕ご飯の時間が、流れていきます。
仏前のおばあさんの写真、それと水筒に、一筋の線香の煙が漂っていました。
*** おわり ***
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