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黒豹
ギシッ...ギシッ...
光刺さぬ漆黒の部屋に木の軋む音が響く。
その闇の中で2つ 白い点が何かを狙っている。
ここはとある船の底 視界は閉ざされ 耳と鼻しか効かない。
その耳には絶えず船室の軋みの音
遥か上の甲板を忙しく動き回る船員の足音
船が切り裂いた白波の波音しか聞こえず 人の声は聞こえない。
鼻には不潔な匂いが絶えず襲いかかって来る。
汗みどろに働いたまま眠り 行水などもう何日していないか解らない。便所代わりの桶の交換は人の少なくなる深夜の一度きり。
そして何より少し前に息絶えた最後の仲間の亡骸が悪臭を放ち始めた。
地獄という物が本当にあるのならここがそうなのだろう。
部屋の隅に座り込む男はそう噛み締める。
彼の双眸は闇の中で爛々と輝き この穢れた空間で快適に過ごしている蝿の軌道を見詰めている。
ビッ!!!
彼の唯一の娯楽は飛び交う蝿を拳で屠る事のみ。
特に意味は無い。しかし名も知らぬ同士にたかるこの蝿を少しでも減らさねば いずれ自分がたかられる。そんな気がしていた。
ドガ...ドガ... ドガ...
足音が近付いて来る。この音がするという事は直に上陸。そして仕事が始まる。
「おい!出ろ!全くいつ来てもくせぇ部屋だ。しかも1人死んでやがる...クソ桶とそのゴミを片付けて仕事だ!早くしろ!」
こいつの言葉は解らないがいつもの事だから理解出来る。
もう何度も同じ作業をこなしてきたから何の感傷もない。
「じゃあな...」
同じ境遇の亡骸に別れを告げて母なる海に返してやる。
哀れな者にも見えるがこの地獄から一足先に抜けられたと思うと僅かに羨ましくなる。
それから排泄物が溜まった桶を縄を繋いだバケツを降ろして水を掬い桶を洗い流し 己も頭から水を被る。
漆黒の肌が海水と太陽の光にあてられて鈍く輝く。
しかし男は知らない。彼も今海に投げ出された彼と同じこの地獄と今日でおさらばとなる事を。
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