ゴールデンウィークの十連勤

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彼女が僕を連れていったのは、会社備え付けのキッチン。 一昨日だったか、彼女とばったり出くわした場所だ。 彼女はキッチン台へ買ったばかりの卵と片栗粉、白ご飯、焼肉のタレだとおもったらソースだった・・・を置く。 そして僕に言った。 「これから夜ご飯を作ります」 「へ!?」 驚いて変な声が出てしまったが、彼女は気にしていないように続けた。 「今私ダイエット中なので、ヘルシーなものになるのは勘弁してくださいね」 「え、いや・・・はい」 「では、ゴールデンウィーク十連勤の私達社畜による、夜の大人の嗜み、社畜飯作りを開始します」 社畜飯、冗談なのか本気なのか分からないその言葉を彼女は平然と言ってのけると、赤い持参であろうバックからフライパンを取り出した。 「フライパンなんて持ってきてるの!?」 「え・・・、ダメでしたか?」 キョトンと小動物のような目をする彼女。 ダメでしたかというか・・・ 「よくフライパンを持ってこようと思いましたね」 「これが1番、焦げ付かないので」 「・・・はぁ」 そんな僕を他所に、彼女はさあと備え付けてあった冷蔵庫から何かを取りだした。 「・・・それなんですか?」 「木綿豆腐です」 「木綿豆腐!?」 それで何するんですか? と問う。 彼女は小首を可愛らしく傾げた。 「肉を、作ります」 「にっ肉を!?」 はい、肉です。 と彼女は相変わらず無表情で頷く。 そこで、僕は彼女の持つ木綿豆腐に違和感を感じた。 「それって・・・、凍ってません?」 「はい、凍らせた方が、お肉っぽくなるんですよ。でも、もうほとんど溶けましたね。夕方からとかしてましたから。逆によく凍ってたって分かりましたね」 「はぁ・・・まぁ」 僕はにわかには信じられなかった。 たしかに大豆は畑の肉だと云うが、あくまで栄養の話で、食感では無いはずだ。 彼女は構わず続ける。 「まずはこれの水気をよく取ってください」 備え付けてあったキッチンペーパーを2~3枚とると、彼女は僕に手渡してきた。 それを使って僕はぎゅっぎゅっと水分を拭き取っていると、佐藤さんはそれを見て顔を顰めた。 「梶川さん、料理しないんですか?」 「週一・・・くらいはしますケド・・・」 「ぎゅっぎゅってやったら形が崩れるじゃないですか。だから、上と下を挟んで、ぽんぽんと叩くように水分を取るんです。分かりましたか?」 こうですよ、と僕の手を取ってぽんぽんと動かした。 顔の中心に熱が集まる感じがする。 ・・・中学生じゃあるまいし・・・。 「よく拭き取りました?」 「はい一応・・・」 「じゃあ次に木綿豆腐を細かく崩していきます」 そう言って彼女は豪快に手で木綿豆腐をほぐし始めた ほぐした木綿豆腐を見ると、なんだろう、なんか見たことあるな・・・。 「あ、そぼろだ」 彼女は「正解」と笑った。 「味噌が冷蔵庫にあるはずです、取って貰えますか? それから醤油、みりんはカバンの中にあります。取ってください。あと生姜も」 言われたとおりカバンを覗くと、みりんとすりおろした生姜が小ぶりなタッパーに入っていた。 冷蔵庫の中にも、醤油と味噌が入っている。 「醤油・・・味噌、なんでもありですね」 「はい、意外とここになんでも揃ってるんです」 「なるほど・・・」 意外な事が分かるものだ。 「木綿豆腐を半分だけチキンナゲットにします。名付けて木綿ナゲット」 「木綿ナゲット・・・」 「片栗粉を混ぜて、それを油で揚げます。醤油で適当に味付けしてください」 促されるまま僕は彼女の言う通り片栗粉と混ぜる。それから少量の醤油も。 すると彼女は、フライパン(持参)に薄く油を引いた。 「え、油そんだけでいいの?」 油の予想外の少なさに思わず聞くと、彼女は僕に視線を移さないまま答える。 「はい、油であげる時、フライパンで十分なんですよ。温まるまで別のフライパンでそぼろならぬ木綿豆腐そぼろを作りますよ。こっちの半分に醤油と味噌、それから生姜とみりんを適量入れます」 「計らなくていいんですか?」 彼女は少し考えてから、いいんです。と言った。 材料を全部入れてから、手で揉みこんでいく。 「じゃあ焼きますよ」 熱したフライパンの上に味噌らを練りこんだ木綿豆腐を広げると、ジューっという心地いい音と、食欲をそそる醤油の焦げた香ばしい匂いが 漂ってきた。 「うわ・・・いい匂い・・・」 思わず呟くと、彼女は口の端を少しだけ上げた。 「あ、そろそろ油も温まりました。木綿ナゲット揚げてください。スプーンで掬って、そのまま落とせばいいですよ」 僕はスプーンで木綿豆腐を掬うと、ポトンと熱々の油の中に落とした。 ジュワァァァアッ!!! と油のはねる音、それからいい匂いが広がる。 「きつね色になったら上げてください」 キッチンペーパーをお皿に広げ、きつね色になった木綿ナゲットを上げる。 熱々のそれは、油から上げても、暫くは余熱でぱちぱちと美味しそうな音をたてていた。 ・・・なんだこれ、ものすごくお腹がすいてきた。 彼女の方を見ると、もうそぼろは出来上がっていて、2つのお茶碗に入った白ご飯の上に、半分だけそぼろが入っていた。 そぼろからはもくもくと湯気が立っている。 彼女はフライパンに卵を割入れ、フライパンの上でグチャグチャとかき混ぜる。 「・・・あ、スクランブルエッグですか」 「そうだよ」 心做しか、佐藤さんはご飯を作っている時、とても幸せそうに唇を結ぶ。そう思った。 スクランブルエッグは直ぐに出来上がり、佐藤さんはそれを残っていた半分のスペースに入れた。 ご飯が完全に隠れ、代わりに黄色と茶色の色のコントラストが出来た。 「木綿豆腐のそぼろご飯、それから木綿豆腐のチキンナゲット、完成です」 佐藤さんが、満足そうにそういった。
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