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その日から暫くは何も無かった。
本当に、何も。
あの後、11時半頃に駅で別れ、次の日出社してもいつもの素っ気ない態度に戻っていて、拍子抜けした。
どうやら特別な夜だったと感じているのは僕だけのようで、暫く落ち込んだ。
あれから佐藤さんを見る度、もう一度あのエクボを見たいなぁって思ってしまう。
もう一度、遅くまで残業したら木綿豆腐で作ってくれるのだろうか。
「・・・社畜飯、食いたい・・・」
「なんだそれ」
「うおわっ!!!」
後ろを見ると、保木本が眉をひそめて立っていた。
「お前こそなんだよ・・・、ひっそりと後ろに立つんじゃねぇよ!」
「はぁ? 話しかけても答えなかったのお前だろうが」
「え、そうなの?」
保木本の言葉にキョトンとすると、保木本はため息をついた。
「そうだよ・・・。んで、お前行くの? 行かないの?」
「何に?」
「十連勤おつかれさま飲み会。来るだろ?」
僕は、なぜだか斜め前に座る佐藤さんを見てしまった。
彼女はパソコンに向いていて、僕の方なんて気にしていない。
「・・・あー、どうしよう。佐藤さんは?」
「「え」」
保木本と佐藤さんが同時に声をあげた。
・・・ん? なんかまずったか・・・?
保木本が耳打ちをしてくる。
「佐藤さんは来ないだろ・・・」
当の佐藤さんは、暫く考えていたが、すぐにその形のいい唇を開いた。
「梶川さんは・・・、梶川さんは行きますか?」
「え、僕?」
僕は思わず自分を指さしてしまう。
「僕は・・・」
僕の迷いを上書きするように、佐藤さんが言葉を紡いだ。
「梶川さんが行くなら、私行きます」
「え!?」
今度は僕だけ叫んで、保木本はぽかんと口を開け、櫻井が奥の方でひゅーぅと口笛を吹いた。
何かが、変わりそうな夜だ。
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