悪夢

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 それが夢の中であると、修市は直ぐに理解した。その光景は地霊殿の廊下でクロと話していた時と同じ様な光景。全身を真っ赤に染めた少年と、その傍らに横たわる一匹の動物。あの時と殆ど変らない光景に、修市は意を消した表情で一歩前に踏み出した。  自然と心臓の鼓動が高鳴る。一歩、また一歩と近付くにつれ、少年の姿が鮮明に浮かび上がってくる。ノイズ混じりに映し出される光景が、徐々に鮮明になり、少年の全体像が鮮明に映し出されていくにつれ、修市はやはりといった表情を浮かべた。  見覚えのある姿。それも、記憶を失った後だというのに、修市にとって決して忘れる事の出来ない忌まわしい記憶のそれは、確かに昔、自身が体験したような光景だった。  修市がその少年を知人として知っているわけではない。知人ではないが、修市が良く理解している人物だ。何故ならその少年は、かつての自分自身の姿。あぁ、やはり覚えている。記憶がない筈なのに、この光景だけは鮮明に覚えている。これは、自分自身が幼少の頃に体験した記憶だ。目の前の少年は、幼少の頃の自分自身であると、修市は向かい合う事で漸く理解した。  沈黙の中、俯き続ける自分自身の姿に語りかけるでもなく、修市はスッとしゃがみこむと、覗き込む様に少年の表情を窺った。そこに映った少年の表情は、何が起こったのか理解できず、ただ茫然と目の前の光景を傍観し続けている幼少の頃の自分自身だ。  全身を真っ赤に染めたそれは、傍らで横たわる動物の返り血である。あれは確か、幼少の頃、近くの近所でよく見かけた野良猫に初めて近付いた時の記憶だ。人に慣れ、何の警戒もなく近付いてくる野良猫に、幼少期の修市は、その愛らしい野良猫の頭を撫でようとした時の記憶だ。  動物が近付いて来てくれたことが嬉しくて、触りたい衝動に駆られ、手を差し出した時の事である。懐っこく鳴き声を漏らし、近付く手に頬を擦りよせた刹那……  動物は、断末魔を上げながら全身から血を吹き出し、そのまま糸の切れた人形の様に崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなったという、あの忌まわしい記憶だ。  目の前で起こった出来事が理解できず、唯々呆然とするしか出来なかった修市は、自身の身体を赤く染まるのもお構いなしに、動かなくなった動物の身体を揺すっている。その行為に意味がないと知りながら、それでも何かしないといけないという脅迫概念に駆られているのだろう。
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