悪夢

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 何度も何度も身体を揺すっては、何の反応も示さない動物に、修市はゆっくりと立ち上がり、紅く染まった自身の手をじっと見つめていた。 「……どうして?」  恐らくは震えていたのだろう。声は掠れ、ワナワナと手を震わせながら、少年は何度も『どうして?』という言葉を呪詛の様に呟き、その姿をじっと傍観していた修市へ視線を向けた。  涙を堪え、紅く染まった手を修市へと向け、再び何度も同じ言葉を繰り返した。 「どうして……ねぇ、どうして? ねぇ、どうして……どうして……」  何度も繰り返される問いに、やがて怒気が含まれ始める。僕が何をしたというのだ。ただ触れようとしただけじゃないか。それなのにどうして、この動物は動かなくなるのだ。なんで何時も、何時も何時も……。自分が触れたものが壊れてしまうのだ? 「どうして!! どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ!!」  なんで僕ばかり、こんなに苦しい思いをしなくてはいけないのだ。そう言わんばかりに、少年は修市へ駆け出し、無防備な頸へ両手をかける。触れれば壊れる。ろくに誰にも触れる事が出来ない境遇に晒され続け、他人の温もりを知らずに育った自身の境遇に、幼き頃の自身は耐えきる事が出来なかったのだろう。  こんな苦しいままの人生を送り続ける位なら、自分自身の手で自身の人生を終わらせてやる。そんな感情が入り混じった少年の手に力が籠ったその時、修市は永遠に続くかと思われた悪夢から、漸く目を覚ます事が出来た。  悪夢から目を覚ました修市は、全身から噴き出す汗に目を細め、ベットから起き上がった。昨日、クロに触れようとした時に感じた違和感。あの時と同じと思いながら、夢の中の記憶を掘り起こす。  あれは恐らく、記憶を失う以前の記録だろう。幼少の頃、触れた動物達が悉く全身から血を吹き出し、そのままピクリとも動かなくなったという苦い思い出。所謂、トラウマというものなのだろう。  そのトラウマが、犬の姿だったクロに触れようとした時にフラッシュバックとして現れ、そして夢の中で鮮明に思い出された。そう思い、自身の掌を見つめ、そっと自身に触れる。  自分で自分の身体に触れても、あの時の動物達と同じ結末には至る事はない。しかし、他の動物に触れた場合、もしかしたらあの時と同じ結果を生むかもしれない。
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