悪夢

5/10

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
 そんなクロに対し、修市は触れられない距離を保とうと、思わず後ずさる。その態度に違和感を感じたのか、クロは再び一歩近付ながら、唸る様な声色をあげた。 「どうしたもこうしたもない。これはそう、警告というやつだ。いいか、よく聞いて肝に銘じておくんだぞ」  そう言って、犬の姿から人間の姿に変化すると、目深帽子を深く被り直し、犬歯を剥き出しにしながら噛み付く様に警告を発した。 「僕がいない間、さとり様に無礼な真似はするなよ。いいな? 距離は一定の距離を保て。下手に近寄るな。ボディタッチなんてもっての他だ。会話もさとり様の受け答えで簡素且つ的確に答えろ。無駄を最小限に省くんだ。分かったな? 分かったならはいと頷け。もし警告に背いた場合は噛み付く。兎に角噛み付く。何処に噛み付くかは僕の気持ち次第だ。分かったな? 分かったら返事をしろ。返答ははい以外受け入れないけどな」  息継ぎなしに流れる様な警告文に一瞬唖然とするも、やはり番犬としての本分なのだろう。さとりを心配し過ぎての発言に、さとりも苦笑を浮かべながら、修市にぺこりと頭を下げた。恐らくは、話しを合わせてあげて下さいという事だろう。 「はい、分かりました。古明地さんには無礼を働くようなことは一切しません。ご安心下さい」  修市の言葉に、クロは鼻を鳴らすと、疑わしげな視線を向けるも、さとりがコホンと咳払いしたのを聞き、クロも軽く咳払いしながら目を瞑った。 「よ、よし。それなら良い。うん。それなら良いぞ。いいか、言っておくが、僕は妖怪だ。顎の力も獣と同じかそれ以上だと自負しているからな。噛まれた時は凄く痛いから、その点はよく理解しておくように。分かったな」 「了解です。クロさんが心配するような事は一切しません」 「よし。うん、それなら良いんだ。それなら安心して、僕は外に出られる」  再三確認した後、漸く納得したのだろう。安堵の表情を浮かべたクロは、さとりに視線を向け、ニコリと笑っていた。普段のつっけどんな態度とは違い、年相応の少女の笑みである。  と、修市の視線に気付いたのだろう。思わず笑みを浮かべていた事に顔を赤らめ、目深帽子を深々と被り直すと、元の犬の姿に戻り、一声鳴き、そのまま踵を返した。 「それではさとり様、行ってまいります。あまり時間はかからないとは思いますが、何かあったら直ぐに僕にお知らせ下さい」
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加