悪夢

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 そんな修市の気持ちを察してか、さとりは、それに関しては、恐らく今の状況が修市の心境に変化を齎しているため、元の環境に戻れば自然と順応するだろうという言葉を受け、内心安堵した。それでも、やはり不安が完全には消えない訳で、それを紛らわせるためにカップに注がれた珈琲に口を付け、一気に飲み干す。  しかし、若干苦みが強かったのか、飲み干し、カップを元の受け皿に戻した修市の眉間に若干の皺が浮かんだ。 「おや、少し苦かったですか? 確か、角砂糖は二つ入れていましたが、どうやら足りなかったようですね」  僅かな表情の変化で、修市の心情を察したのだろう。新しく珈琲は如何ですかと問い掛けるさとりに、修市は申し訳ないと言った表情でもう一杯、珈琲を頂く。  今度は角砂糖を三つ。もしかしたら、量としては多めなのかもしれないが、スプーンでかき混ぜた後、一口飲むと、自身の中で丁度いい塩梅の甘みが口の中に広がった。 「成程、どうやら本格的に、日野さんの記憶について考える必要がありそうですね」  修市の記憶は、世間一般的な常識に関しては覚えているが、それ以外の自分自身の事に関して、全く記憶がないのだろう。 「日野さんは、少し甘党だったのかもしれません。珈琲一杯に角砂糖三つ。人から見たらその量は多いのかもしれない。もしかしたら、記憶の中にそんな、一般的な方々がそう思うであろう本数を入れてしまい、自分自身の好みの量すら覚えていないのかもしれません」  もしかしたら普段は角砂糖ではなく違う形で甘味を加えていたのかもしれない。他にも珈琲を飲む際に修市が好んで追加するものもあったのかもしれない。しかし、今の修市にはその記憶すらないのだろう。  珈琲という飲み物は知っている。砂糖は甘いものだと知っているし、ミルクは珈琲の苦みをまろやかにするものであるとも知っている。それはあくまでも世間一般での知識の範囲内だ。 「いいですか、人には他の皆が食べても大丈夫な食材でも、個々人で食べてしまったら危険なものもあるんですよ。今回は良かったですが、もしかしたら、命に関わる案件もあるかもしれません。その事に気付かなかった私のミスでもありますが、貴方はまず、自分の事を良く知る必要があるのかもしれません」
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