接触

3/17

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
 その言葉に、クロは首を傾げるも、さとりは更に言葉を繋げた。 「彼が何者であるか、それはまだ分かりません。ですが、このまま此処に放置していたら、他の子達が何をするか分かりません。ですので、彼の意識が回復するのを待ちましょう。彼の対応はその後に考える。その為に彼を、地霊殿で保護する。よろしいですか?」 -地霊殿の一室-  外来人の青年が地霊殿に運ばれてから半日が過ぎた。いまは使われていない地霊殿の客室。そこで、外来人の青年、日野(ひの) 修市(しゅういち)は漸く意識を覚醒させた。重怠い。最初に感じたのがそれであった。  全身が重怠い、倦怠感もあるがそれと同時に、自身の身体を何かが覆っている感覚がある。何がどうなっているのだろうか?  完全には覚醒しきれていない意識を無理矢理覚醒させ、ゆっくりと瞼を開く。始めに視界に映ったのは薄暗い天井、それも、見慣れぬ天井がそこにあった。此処は何処だ?  視界が天井から外れ、左右にいきわたる。見覚えのない部屋、そして視線を下に下げると、どうやら自分はベットの中にいるのだと、漸く理解した。はて、何故自分はベットで横になっているのだろう。確か、誰かと他愛のない雑談をしていたような気がする。  少し前までの記憶を遡ろうとし、そして、全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。ない、何も覚えていない。ただ覚えていない、忘れてしまっているといった一時的なものではなく、今まで生きてきた記憶そのものの大半を失っていたのだ。  言葉は理解できる、一定の知識は残っている、自分の名前が日野 修市という名前であり、年齢も分かるし、何処の国の出身かも覚えている。しかし、それだけだ。自分の肉親の名前も顔も思い出す事も出来なければ、知人や友人といった交友関係も思い出す事が出来ない。  あるのは必要最低限の記憶だけ、それ以外の記憶を、修市は全て失っていたのだ。記憶喪失。その単語が、修市の脳裏に浮かんだ。あぁ、成程、これが記憶喪失というものか。この単語が浮かんだ瞬間、先程までの焦りが少し冷めていく感覚に、修市は乾いた笑みを浮かべた。  テレビや書籍の中で記憶を失った登場人物が口々にする『此処は何処?』『私は誰?』といった陳腐な言葉は浮かんでは来たが、それを口にする事は無かった。あぁ、成程、記憶を失った者はそんな事を言う余裕すらないのだろう。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加