九十九神

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 殺った。  と、妖怪はそう思ったのだろう。口角が吊り上り、そのまま外套を纏った人物の肉を喰い千切ろうと顎に力を込め……自身の身に異変が起きた事に気付いた。思う様に力が入らない。否、力だけではない。身体が動かないのだ。身体全身に力が入らず、その場から動く事もままならない。  何が起こっているのか理解できず、狼狽する妖怪を余所に、外套を纏った人物は肩に牙が喰い込んでいるのを気にした素振りを見せず、視線だけを妖怪に向けている。その姿に、妖怪は恐怖した。  何故、この人間は、妖怪に襲われていながら平然としているのだ。それに、肩を負傷しているにも関わらず、痛みを感じている素振りも見せていない。まるで痛覚という概念が存在していない様子に、妖怪は言い様の無い恐怖と共に、自身の身に危機が及んでいると本能的に理解した。  だが、理解したからといって、妖怪にはこの場から逃げる術を持ち合わせていない以上、これから自身の身に起こる悲劇を回避する事は出来なかった。 「っ!! っ!!」  外套を纏った人物に触れた箇所から、自身の妖力が奪われる感覚に、妖怪は困惑の色を浮かべながら必死に言う事を聞かない四肢に力を込めようと躍起になる。だが、意味の無い行動をいくら取ろうと、外套を纏った人物を襲った時点で……否、相手が何者なのか、それを見極める事が出来なかった時点で。妖怪の辿る末路は決まっていたのだろう。  少しずつ奪われていった妖力の量が徐々に増えるにつれ、妖怪の肉体が徐々に萎み始める。碌に動かない口から漏れ出る吐息は弱まり、時間が経てば経つほど、僅かな身じろぎが痙攣へと変り果てていく。  そして、外套を纏った人物の肩に食い込んだ牙がずるりと抜け落ちた時、外套を纏った人物の目の前には、ミイラの様に干乾びた妖怪の亡骸が地面に横たわっていた。外套を纏った人物は、それを一瞥すると共に亡骸を軽く蹴り飛ばす。すると、蹴り飛ばされた妖怪の亡骸は粉々に砕け散り、最後は風流される様に光の粒子となって幻想郷から完全に消滅した。  それを見届けた後、外套を纏った人物は再び歩き始める。その目的も意図も全て不明。だが、その足取りは一切の迷いなく、まるで妖怪に襲われる為に森の中を彷徨っている様にすら見えた。
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