地上へ

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 ただ今は、さとりに会いたくなかった。寝起きから少し時間が経ったが、それでも今の自分の顔色が優れていないと分かっている上に、彼女は誰よりも察しが良い。僅かな表情の変化で相手の心情の機微に敏感に感じ取る洞察力を持っている彼女だからこそ、余計に気を遣わせてしまうからだ。  案の定、さとりは修市の表情からある程度察したのだろう、修市の状態を深くは追求せず、柔らかな笑みを浮かべながら予定がないのでしたら一緒に散歩でもしませんかと、誘いの言葉をかけてくる。一瞬、その誘いを断るか考えたが、これ以上、さとりの厚意を無下に扱う事が出来ないと思った修市は自分で宜しければと、誘いの言葉を受け取り、さとりの後に続いた。  変わり映えの無い地霊殿の庭を歩く。途中で動物達がさとりに気付き、近付いて来ては甘え、その場を後にする。そんな遣り取りを暫し繰り返し、そして不意に、さとりは踵を返すと、修市に向き直った。 「そう言えば、今日は日野さんに紹介したい方がいました」 「紹介したい人ですか?」 「はい、正確には人ではなく妖怪の類ですが、以前この地霊殿にはクロ以外に私の妹や他のペット達のお話をしましたが、本日地霊殿に戻ってくる予定です。名前は霊烏路 空。私達はお空と呼んでいます」  霊烏路 空。改めて彼女の事を思い出してみる。地獄の闇から生まれ、地獄の亡者を啄む地獄烏。灼熱地獄跡の高熱に耐える事が出来る為、地獄跡の温度調整の管理を任されている存在だ。  今は地獄の管理の他に地上の神が妖怪達に建設させた施設、間欠泉地下センターと呼ばれる施設の管理を兼用しており、本日久方振りに戻ってくるようだ。地霊殿の正門前、件の霊烏路 空(さとりは彼女の事をお空と呼ぶ)の姿はまだ見えないが、さとりは久方振りの再会に機嫌がいいのか、鼻歌交じりに今か今かとお空の帰りを待っている。  そう言えばと、修市はお空の他にも地霊殿に住むペットがいた事を思い出す。名を火焔猫 燐と言い、彼女の事をさとりはお燐と呼んでいた。お燐にお空と愛称で呼ばれている辺り、さとりに相当気に入られているのだろう。もしかしたらクロも、他の二人と同じ様に、もしかしたら愛称で呼ばれているのかもしれない。 「古明地さん、一つお聞きしたい事があります」 「はい、なんでしょうか?」 「今から此処に戻ってくる霊烏路さんの事ですが、彼女の事をお空と言っていましたね」
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