地上へ

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 刹那、修市の脳裏に、悪夢の記憶が蘇る。全身を真っ赤に染め、地面に倒れ伏す動物の姿。心臓が跳ね上がる音が聞こえ、振りほどこうと力を入れるも、妖怪であるクロの方が、修市よりも力が強く、離れる事が出来ない。  クロの姿とあの時の動物の姿が重なり、思わず叫び声を上げる寸前、修市はクロの様子に気付いた。何も起こらない。あの時の悪夢と同じ様に、クロの体から血が噴き出す事もなければ、地面に崩れ落ちる様に倒れる事もない。  クロの様子に、何の変化も見られない。感じるのは掴まれた腕や掌越しに伝わるクロの体温。温かい、記憶を失ってからというもの、誰かに肌に触れる事の無かった修市にとって、その温もりは、先の恐怖を忘れるには十分なものだった。 「どうだ、別に僕は、お前が何か悪さをしない限り噛み付く事は無いぞ」  続いて、片手で目深帽子を脱ぎ、そのまま自身の頭に修市の掌をのせ、撫でさせる様に手を動かす。柔らかい様で、少し硬めの髪質と、頭頂部にちょこんと生えた犬耳。それらを暫し撫でさせた後、腕を持ち上げ、スッと離れると、目深帽子を被り直し、フンスと鼻を鳴らし、やれやれといった表情で口を開いた。 「動物が苦手なのは仕方ないが、これからさとり様と地上に向かうのに、僕の能力が必要になるからな、触れるのが苦手だったなら慣れろ。そうでないとお前を地上まで案内する事が出来ないからな」  そうなるとさとり様に迷惑がかかるというと、今度は犬の姿に戻り、もう一度撫でてみろと言わんばかりに足元に近付いてくる。その行為に、修市は再びぎょっとするも、意を決した表情でしゃがみこみ、クロの頭に触れる。  やはり何も起こらない。普通に触る事が出来る。動物に触れても何も起きない事実に、修市は安堵の息を漏らし、少しずつ冷静さを取り戻していった。そこでふと、先程のクロの言葉で引っ掛かる内容が浮かんだ。 「クロさん、先程、能力と言っていましたけど、能力とは一体なんですか?」 「ん? あぁ、そうか、さとり様は能力について話していなかったのか。能力というのは、この幻想郷に住む者達の一部が身に宿す特殊な力の様なものだ。妖怪だったら妖怪のアイデンティティーを体現したような特別な力……でいいのかな? まぁ、そんな所だ」
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