地上へ

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 クロは、自分の事を送り犬と言った。送り犬とは、日本の妖怪で、夜の山道を歩く人間の背後についていき、その道中を守るという妖怪だ。無論、善行でのみ動く妖怪ではなく、それなりの決まりというものがあるらしく、それを破った人間を喰らうというのが送り犬の大まかな概要らしい。  どうやら誰かを送り届けるというのが、クロの能力に関連があるらしいが詳しい内容は実際に見てからのお楽しみと言われ、聞く事が出来なかった。特殊な能力、もしかしたら、自分にもそのような能力があるのかもしれない。  それこそ、先天的に能力を宿してはいたが外の世界では発現せず、この幻想郷に流れ着いた事で目覚めた可能性も十分にあり得るし、もしかしたら、あの悪夢に出てきたかつての記憶にあるあの悲惨な事件も、もしかしたらその能力に関連があるのかもしれない。  と、そこまで考え、修市は自傷気味に内心笑う。何を考えているのだ。これまで不思議な体験、それこそ、幻想郷に流れ着くという不思議な体験から地底の地霊殿、灼熱地獄跡、更に妖怪である古明地 さとりやお空、そしてクロとの出会い。  それらを数日の内に体験し過ぎて、自分にも何かしらの能力があるのではと錯覚してしまう。自分にはその様な能力はないし、特別な存在という訳でもない。記憶を失っているという特殊な環境を除き、極々平凡な一般人である。偶々運が良く、さとりに出会えたという、唯それだけの男だ。  暫し、犬の姿のクロを撫で続けた後、お互いに満足したのだろう。クロは再び人の姿に戻り、目深帽子を被り直した。 「よし、もう十分だろう。これくらい触れるんだったら問題ない。後はさとり様の準備が出来次第、地上に上がるんだ。お前も準備しておけよ」 「はい、分かりました」 「言っておくが、僕が案内できるのは地上に上がるまでだ。そこから先はさとり様とお前二人で博麗神社に行く事になっている。僕は地底の入り口で待機という事だ。だから、さとり様には迷惑をかけるなよ」 「はい、それも分かっています」 「うん、だったら問題ない。僕からはこれ以上何も言う事はない」  そう言って、地霊殿の入り口に向かおうとするクロ。その背中を見つめ、修市は先程までクロに触れていた手を一瞥し、後姿のクロに唯一言声をかけた。 「クロさん、さっきはありがとうございます」  その言葉に、クロは振り返らず、再び目深帽子を被り直し、その場を後にした。
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