博麗の巫女

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 もしかしたら気のせいだったのかもしれない。霊夢と話をした事で、修市以外にも外来人が多くいる事が分かった。そして、その外来人の中には能力に目覚めた者がいるとも聞いた。  そういった先入観が、さとりの能力に支障をきたし、思考の中に雑音が入り混じってしまったのかもしれない。今はそう思う事にするよう気持ちを切り替えると、修市を地霊殿で預かる旨を伝える為に、クロに近付き、視線を合わせる様に身を屈めた。 「クロ、ただいま戻りました。その件について、少しお話があります」  未だ状況を理解できていないのか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた状態のクロに、さとりは地上で何があったのか、その経緯を簡易的に説明する。  地上でも修市と同じ境遇の外来人が多数確認されている事。その人数があまりにも異常である事。博麗の巫女も、今回の件について状況を掴めていない事。原因が分かるまでの間、流れ着いて来た外来人達は人里で保護されているらしいが、問題も山積みであるという事。そして、修市は自分の意志で地霊殿に残る事を選択した事。  話の最中、クロの視線がちらちらと修市へと向けられ、その都度、様々な思考が流れ込んできた。 何故地霊殿に残るのか?  何故、態々危険を冒してまで地底に残ろうと考えたのか?  流れ込んでくる思考はどれも疑問ばかり。しかし中には、地霊殿を選んでくれた事、いや、さとりの元に残る事を選んだ修市に対する感情も流れ込んできた。  それは喜びの感情。それを証明するかのように尻尾は揺れ、口角が僅かに緩むも、表情を隠そうと目深帽子を被り直そうとしている。  やはりクロは変わらない。表情や仕草、それら全てが昔と変わらない。変に警戒して損をしたと思いながら、ふと、悪戯めいた思考が脳裏に浮かぶ。  クロの思考を先読みしたさとりの手が彼女の手よりも早く目深帽子に届くと、そのまま帽子を脱がし、喜んでいる様な、それでいて困っている様な、曖昧な表情が姿を現した。 「あ、あの……さとり様、帽子、帽子を返して下さい」  恥ずかしいのか、顔を赤らめ、若干涙目になりつつあるクロに、さとりは少しの間帽子は預かりますとだけ小声で呟き、そろそろ地霊殿に戻りますのでその準備をしてくださいと告げると、修市の方へと振り返る。  クロの手が届かない様に、さり気無く目深帽子を自身が被り、修市に似合いますかと問い掛け、帽子を奪われたクロは狼狽えながら右往左往する。  そして、そんな二人の姿に、修市は声を上げて笑った。此処に来て、幻想郷に流れ着き、そして地霊殿に身を預けることになってから初めて、修市は声を上げて笑った。  周りから見れば些細なやり取りかもしれない。それでも、修市にとって二人の遣り取りは何処か暖かく、そして心から落ち着く事の出来る空間に他ならない。  あぁ、良かった、地霊殿に残りたいという選択肢を選んで本当に良かった。そう思いながら、さとりの背後に回り込み、必死に顔を見せまいとしながら能力を発動する為に地霊殿の位置を計算するクロを横目に、目深帽子で表情を隠したさとりが差し出した手をスッと掴み、今後の地霊殿の生活を思い浮かべた。 「それでは帰りましょう。地霊殿へ。私達の屋敷へ」
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