三者三様

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 こいしはさとりと同じ覚妖怪。さとりの思考を読み取ったと言えばそれまでなのだが、こいしの場合、さとりとは事情が大きく異なる。  こいしは、自身の胸元に相手の思考を読み取る第3の目を所有しながらも、他者の思考を読み取る事が出来ないのだ。何故ならこいしは、覚妖怪のアイデンティティーともいえる第3の目を自らの意志で閉ざし、思考を読み取る事の出来なくなった覚妖怪。  誰かに嫌われる事を嫌い、他者の思考を読み取る眼を閉じ、同時に自身の心を閉ざした。覚妖怪の能力を失う代わりに無意識を操る力を手に入れ、自身の意志とは関係なく無意識に行動する事を可能とした存在へと成り果てたのだ。思考を読み取る事が出来ないこいしが何故と思うのは当然の事である。 「そんなの、お姉ちゃんの顔を見てれば直ぐに分かるよ。お姉ちゃんは扉を叩いているのが誰か分からなかったでしょ? 此処にはお姉ちゃんのペットが沢山いるけど、扉一枚隔てた程度の距離だったら誰が扉を叩いたか直ぐに分かる筈なのに、それでもお姉ちゃんは分からなかった」  思考が読み取れないのなら、必然的に、扉の外にいるのは思考を読み取る事の出来ないこいしと言う事になる。しかし、さとりが扉を開けた時、その時の表情を見て、こいしは察したのだ。あの時の笑顔は、自分に向けたのではなく、別の人物に向けていた者なのだと。  その推理は間違いではない。さとりは、扉の外にいる人物の中に、妹であるこいしの事を除外し、修市だと思い込んでいた。普段なら決して有り得ない事実。恐らく、修市がさとりの元にいなければ、扉を叩く人物について、さとりはすぐさま妹であるこいしを連想しただろう。  しかし、さとりはこいしではなく修市と思い込んだ。それは、さとりの心境に修市という存在が根強く潜り込んだ証明ともいえるだろう。故に、こいしは無意識の内に、姉であるさとりの状態に危機感を覚えた。  今のお姉ちゃんは危険だ。いや本当に危険なのは、お姉ちゃんの心境に変化を及ぼした人間、日野 修市だと。  覚妖怪とは、その在り方が異様な存在である。思考を読み取り、相手の深層心理に入り込み、畏れを植え付け支配する。例え肉体が貧弱であろうとも、身体能力が劣ろうとも、心を支配してしまえば思いのまま。後はゆっくり、心を内側から喰らってしまえばそれで全てが終わりである。  しかし、今のさとりはどうだろうか?  まるで覚妖怪に襲われた人間や妖怪の如く、彼女の心には修市という存在が深く入り込み、支配されている様ではないか。 「あれは覚妖怪にとって天敵だよ。これ以上あれと接していたらお姉ちゃんは覚妖怪としての在り方を完全に見失っちゃう事になると、私はそう思うんだ。だからさ、お姉ちゃん。今直ぐあれをどうにかしよう。そうしないと取り返しのつかない事になっちゃうよ。それとも……」  私と同じ様になりたいの?
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