三者三様

12/31
前へ
/174ページ
次へ
 皮肉交じりに自傷気味な笑みを浮かべ、瞳を閉じた第3の目をそっと触れる。かつて覚妖怪としての在り方を捨てた自分と姉の現状を重ねたのだろう。後悔しない内に行動に移した方が良い。暗にそう告げるこいしに、さとりは先の言葉の真意を理解した上で、それでもこいしの言葉を正面から否定した。 「こいし、貴女の忠告は私の事を思ってのものだと理解しています。ですが、修市さんはこいしが思っている程悪い人ではありません。それは、彼と接してきたからこそ分かります。修市さんは私に危害を加える人間ではありません」  心が読めずとも、さとりは修市の発言や仕草、表情など、一挙一動観察し、その上で彼を裏表のない素直な人物なのだと判断していた。人里で保護を受けるかどうかの選択肢においても、あのまま人里で保護してもらえば、地霊殿の中だけの生活を送る事もなかっただろう。  しかし、修市はさとりに対して助けてもらったからと、そのお返しをしたいと、人間である自分にとって出来る事など微々たるものだと分かっていながら、それでも何かできる事があったらやらせてほしいと、そんな理由で地霊殿に残る事を選んだのだ。  さとりがなんの妖怪かも知らずに、ただ恩返しがしたいからと、損得といった感情を抜きにした行動を取る修市が害を及ぼす筈がない。そう言わんとするさとりの態度に、こいしは一瞬目を丸くし、バツの悪い表情を浮かべた。  今のお姉ちゃんには何を言っても意味がないだろう。かといって、自分が修市に手を下そうとすれば、まず間違いなくお姉ちゃんが全力でそれを阻止するに違いない。  思考を読み取る事が覚妖怪の本分である以上、思考を読み取る事が出来ない自分が姉に敗ける事は無いと断言できるが、それはあくまでも勝負事での意味合いで、姉を傷付ける事はこいしの本心でもない。  このまま説得したとしても話は平行線のまま交わる事は無いと判断したこいしは、それでもこれだけは言っておこうと思ったのだろう。 「……分かったよ。でも、私はあの人間を信用した訳じゃないからね。お姉ちゃんに何かあったら、その時は分かってるよね?」  溜息交じりに忠告を一つ。流石にさとりも、こいしの言葉を全て否定するのは心苦しいものがあったのだろう。  さとりは、その時は自分の手で何とかしますと、こいしの手を借りずに、自分の手でけじめはつけると約束すると、こいしもそれに納得したのか、何時もの笑みを浮かべ、さとりのベットの上に腰かけた。  修市という思わぬイレギュラーのせいで、話は逸れてしまったが仕方ない。元々地霊殿に戻ったのは単なる気紛れの様なものだったし、折角地霊殿に戻ったのだから久方振りに姉妹の会話に興じようと思い至ったのだろう。  さとりも、こいしの横に腰かけると、先程の遣り取りが無かったかのように、地上で体験した出来事に耳を傾ける事にした。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加