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金死篇
カタタン、ガタタン。
適度な振動に揺られて、私はふっと目を覚ました。
仕事に疲れ早く帰りたいとボンヤリ考えていた筈が、気付けば眠ってしまっていたらしい。
目的の駅のアナウンスに気付き、慌てて立ち上がると足早に駅のホームに飛び出した。
人の流れに寄り添いながら、駅のホームから改札へと歩き出す。
「定期、定期……」
改札機の手前で定期券を取り出そうと、大きな鞄の中身をあさっていた時だった。
「ん……?」
鞄の中に見知らぬ封筒が入っていた。
「……なに、これ?」
鞄の奥深く、暗い闇の底から湧き出したようにその封筒は漆黒だった。
足早に改札を抜け、家へ向かうために駅の出口を出たところで立ち止まる。
「こんなの持ってたっけ」
鞄から封筒を取り出すと、それをマジマジと見つめる。
どこか不吉さを感じる黒い封筒の表面を見てみると、そこには確かに鮮やかな黄金色のインクで私の名前が綴られていた。
「なんだか、不気味」
切手も消印も押されていない。住所の記載もなく、シンプルに名前だけ。
のっぺりとした黒い封筒を訝しむように見つめながら、
「まさか、さっき寝てる時に入れられた、とか」
そんな考えに思い至ると、ゾワゾワとした悪寒が身体の表面を撫でた。
「どうしよう。これ……」
所在なさげに、ヒラヒラと封筒を振ってみせる。厚みもほとんどない。きっと手紙も便箋一枚の程度だろう。けれどやはり、どこか不気味だった。
ふと、視界の隅に赤いポストが見えた。
「入れたら、消えてなくなったりしてね」
有り得ないと思いつつ、それをポストに投函しようとしたその時、
「貴方、ちょっとそれ見せて頂戴」
不意に、背中から声をかけられた。
「え……?」
振り返り声をかけてきた人物を見つめる。
そこに立っていたのは、見知らぬひとりの女だった。
「な、なんですか。私に何か……」
「いいから」
そう言って女は、唐突に私の手から封筒を奪い取った。文句を言うまもなく、女は手紙を掲げて見ると、歓喜の声をあげた。
「嗚呼、やっぱりそうだわ……!」
恍惚とした表情で、女は不吉な封筒を見ている。
その様子はどこか異常で、ゾワリと肌が粟立った。
「な、なにが……」
「ねぇ、貴女。これを譲ってくれない? どうせ捨てるつもりだったんでしょ。なら、もう私が貰っても構わないでしょ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! あなたこそ、いきなりなんなんですか? 人の物を急に奪って、勝手なことばかり……!」
「煩いわね…っ、いいから私に寄越しなさいよ!」
まるで人の話を聞いていない。
いや、聞こうともしていない。
ただただ自分の要求を告げ――欲求を満たそうとしている。
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