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ずぶ濡れの夏服と
職員室でひかるとゆうが出会ってから数週間後のある日のことだった。
ゆうは生徒会の資料を持って廊下を歩いていた。
向かい側から一人の生徒が歩いてきた、それはひかるだった。しかしいつもと様子がおかしい。全身ずぶ濡れだったのだ。それに唇にうっすら青いあざができていた。
俯き加減にゆうの横を通り過ぎる時ひかるがその目に涙を溜めていたのを見た。
「ちょっと待って!あなた叶くんよね?一体どうしたの?」
ゆうはひかるの放つ不穏な空気を感じ取った。
ひかるは今までゆうのことに気がついていなかったようにビクッとして
「生徒会長、ですよね?」
と返した。
「なんでもないですちょっと水に濡れただけですから」
全然ちょっとじゃない、とゆうは思った。外は晴れ渡っていて雨など一滴も降っていないのだ。
「何があったの?まさかまた三年生と喧嘩でもしたの?」
ゆうは本気で心配した。
「いや、本当になんでもないですから」
ひかるは構わないで欲しそうにそう言った。
「でもずぶ濡れだし……」
ゆうはその時ひかるの右手に濡れた一枚の紙があることに気がついた。
ゆうは生徒会の資料を床に置くとひかるに一歩近づいて、ひかるの手からその紙切れを半ば強引にとった。
その紙にはゆうが今まで見た中で一番綺麗な風景の鉛筆画が書いてあった。山をバックにした住宅街の絵でとても精密に描かれていた。
「返してください!」
ひかるが急に大きな声を出したのでゆうはびっくりした。
「何があったか教えてくれれば返すわ、場合によっては教頭先生に報告しなきゃいけないし」
ゆうもひるまなかった。
ひかるはしばらく黙ったあと。少しずつ話し始めた。
「三年生との喧嘩じゃないです。クラスのやつに勝手にカバン開けられて……それで大切な絵を窓から投げられました。」
ひかるの瞳から一粒の涙が溢れた。
「それでその絵がプールに落ちたのでプールに飛び込んで」
「ちょっと待って、そしたらその顔のあざはどうしたの?」
「ああ、これは学校とは関係ないです」
そう言うとひかるはさっとゆうの手から紙を取り上げた。
二人きりの廊下で二人は口を噤んだ。
ゆうはひかるの前髪から滴り落ちる水滴が悲しい涙に見えた。
「また何かあったら私、明山ゆうって言うんだけど私のところに言いに来てね」
とっさに出た言葉にゆう自身も驚いたし、ひかるも涙を浮かべた目でゆうのことをじっと見つめた。
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