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 十七の、しかも美人とはいえない露子を妻にと望んだ物好きは、なんと今上帝(きんじょうてい)の兄君だという。幼い頃に父である先帝から(みなもと)姓を下賜され、臣籍へと降下したのだ。 「三十歳? おじさんじゃない! 後妻として入るんじゃなくて? 違うの? ……どこか問題があるんじゃない?」 「姫様。はしたないですよ」  そう言う雨子もまた、興味津々に父の話を聞いている。女はこの手の噂話が好きだ。  その縁談相手が陰陽師だと告げられて、露子は一瞬何を言われているのかわからなかった。  陰陽術師と結婚? 彼らの占いなど一切信じないし従わないのに? 「陰陽師ってたまにうちに来る、あの人相のよくない人じゃないわよね?」  父は露子とは異なり、陰陽術が万能であると信じている。陰陽寮に勤める術者たちとも懇意にしており、よく家に招き入れてあれこれ相談をしているらしい。 「いや違う。しかし彼に負けずとも劣らないほどの力があるそうだ。何よりも、帝の兄君だぞ!」  これで我が家も安泰だ、と笑う父に対して、露子は何も言えなかった。結局家なのか。女は政治の道具でしかないのか。摂関家に対して強烈な憧れと劣等感を抱いている父は、彼らの真似事をしたいのだろう。  帝に嫁がせることは叶わなかったが、その兄弟でもこの不美人な娘には出来すぎた話だ。  嫌よ、と断ることは許されなかった。父も雨子も喜んでいる。露子が異を唱えることなど、ちっとも考えていない晴れやかな顔だ。  世間では仲のいい夫婦など一部の話で、男も女も互いに愛人を作っているという。政略結婚は一般的な話で、自分もその輪の中に入るだけのことだ。  きっとこれを逃せば後はないことは、この場にいる全員がわかっている。一人娘が結婚できないと父も肩身が狭いだろうし、雨子まで一生独身にさせてしまう。  それなら少しだけ、自分が我慢すれば皆が幸せになる。露子自身は愛人など作ることのできる器量はないが、出家して寂しい余生を送るには早すぎる年だ。  結婚を経験して、それでも駄目だと思ったら、この世の無常を悟りましたとでも言って、仏門に入ればいい。出家は最後の逃げ道だ。  覚悟を決めた露子は強かった。 「わかったわ。お父様。その、なんですっけ……源の何某(なにがし)さんに、嫁ぎます」  しとしとと降り続ける雨が、地を湿らせていく。恵みの雨が緑を育む夏の時期には、自分は人妻になっている。  そう考えて、露子は顔も知らぬ陰陽術師がどんな男なのか、想いを巡らせたのだった。
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