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 様々な儀式をすっ飛ばして、皐月の中頃に、露子は源俊尚の持つ邸宅へと移った。雨子を始めとした数人の女房たちと共に、新しい衣と、亡き母が遺した数少ない調度品を牛車に詰めて、嫁入りをした。  通い婚でも一向に構いはしなかったのだが、俊尚側がぜひとも自分の屋敷に来てほしいと望んだのだ。  元は宮様なのだから、俊尚の邸宅は、もっと中央の一流貴族の住む場所にあるのかと思っていた。しかし彼は他人との社交など面倒だという人間のようで、京のはずれに住んでいた。露子の暮らしていた邸宅よりもさらに辺鄙な場所だ。  この日のために女房たちが最も手をかけて縫い上げた、夏にふさわしい清涼な緑と白の(かさね)を纏い、露子はその屋敷の前に降り立った。 「うーん。想像していたより、もっと、こう……うん」  屋敷をじっと見つめて、露子は言葉を濁した。実家だってそれほど広くはないけれど、この家はもっと狭い。とても帝の兄が暮らす家とは思えなかった。中も幽霊屋敷のような家だったらどうしよう、と露子は雨子と顔を見合わせた。  そこに鈴のような声が聞こえた。 「ようこそ、奥方様。主人が奥でお待ちですよ」  振り返ると、少年が跪いていた。手紙の返事を持ってきた俊尚の使いの童だ。可愛らしい声には聞き覚えがある。 「あら、あなた……」 「ええ、お久しぶりです。奥方様がいらしてくださって、主人も非常にお喜びですよ。私からもお祝いを申し上げます」  深々と礼をする少年は顔を上げてにっこりと笑ったのが、笠の陰から見えた。それから一行を邸宅の中へと案内する。  中は危惧していたような荒れ方はしておらず、手がかけられているのが一目でわかった。さほど長くはない渡殿をゆっくりと進む。東の対から南には、狭いながらも釣殿(つりどの)が設けられており、蓮の花咲く池が見えていた。 「お化け屋敷みたいでしたけど、趣味は悪くないようですね」  雨子の耳打ちは、はしゃぎすぎて声が大きかった。雨子、と窘めるけれど少年の耳にはきっちりと届いていて、笑われる。ああ恥ずかしい。  きりっとした水干(すいかん)姿の少年は、見た目よりも大人びている。馬鹿にして笑うでもなく、まるでこちらを微笑ましいと思っているような笑顔は、自分よりずっと年上の男性に笑われているような、不思議な心地になった。  童は北の対に露子たちを通した。 「こちらが奥方様のお部屋です。心を込めて清めさせていただきました」 「あなたがお掃除したの? 下女ではなくて?」 「ええ、はい。見ての通り小さな屋敷ですから、食事の支度以外はすべて私が。奥方様も何かございましたら、遠慮なくお申し付けくださいね」  それでは主人が夜、こちらに参りますので。そう告げて、少年は部屋を出て行った。ふぅ、と露子は深呼吸する。  夜やって来るということは、つまりはそういうことだ。すでに酸いも甘いも知っている雨子を始めとする女房たちは、口元を上品に隠しているが、目はにやにやしているのを隠せない。 「……痛いの?」  恐る恐る尋ねた露子は、当然だが、男と同衾するのは初めてだ。きゃあきゃあと年若い女房たちは、露子を取り囲んで、あれこれと未知の行為についての入れ知恵をしてくれた。ありがたいやら迷惑やら。年嵩の女房が注意するまで、露子への房中の知識の教授は続いたのだった。
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