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 誰かが打ち捨てていった毬を、少女の小さな手が拾った。ひとつ、ふたつと地面についた。楽しくもなんともないのに、いつまでもついていた。  耳に聞こえてくるのは、蝉しぐれ。そして夏の悲しい断末魔に重なるのは、坊主たちの大音声。  少女はいつしか泣いていた。泣きながら、毬をつき続けた。そうしなければ、大好きな人を失ってしまうという強迫観念に駆られていた。  坊主たちの大合唱はますます大きくなり、頂点に達したところで、ぷつり、と止んだ。その瞬間、少女の手からは毬が離れていた。  あっ、と思って追いかける。しかし少女が手にする前に、誰かが持ち上げた。  そっと見上げる少女の目に映ったのは、見知らぬ誰か。 『見つけた』  はっきりと、彼はそう告げた。
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