君にあげた金魚が、まだ呼吸をしている

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 何も無い空間に、ぽつりと水槽が置かれていた。中にいる金魚は俺を見ている。 『ねぇ、どうしてあの子帰しちゃったの?』  友菜の声だった。 「友菜、そこにいるのか?」  辺りを見回してみても、あるのは金魚の入った水槽だけだ。 『私を友菜だと思ってるの?おかしな人』 「は…?じゃあ誰だよ…」  くすくすと鳴る笑い声。重なるようにしてコポコポと水中で空気が漏れているような音がしている。 『目の前にいるじゃない。貴方が毎日餌を与えている金魚が、ね?』  水槽でちゃぷりと音がした。金魚は俺を見ながら水面を尾びれで叩いているようだった。 「そ、そんなわけない…金魚は喋らない」 『自分の物差しだけでしか物事を考えられないというのは本当に可哀想』  この声は友菜だ。友菜以外ありえない。 「友菜…友菜…!俺が悪かった、戻ってきてくれ…頼むよ…」  俺は何も無い空間に向かって声をかける。 『悪かったって…何が悪かったのかわかってるの?』  また水槽の方からちゃぷりと音がした。 「う、浮気をした」 『なぜ浮気が悪いことだと思ったの?』  ちゃぷり。 「え?そりゃ…友菜がいるのに目移りしたから…」 『じゃあなぜ目移りするのは悪いことなの?』  ちゃぷり。 「は…?そ、れは…」 『ねぇ、なぜ?』  ちゃぷり。 「な、ぜ、なぜって…うるさいな…!じゃあお前はわかんのかよ!!」  俺はついに金魚に向かって怒鳴った。  水音と共に投げかけられる質問に耐えられなくなったのだ。 『こわぁい、自分が答えられないからって逆ギレ?』 「いいから答えろよ!!」 『貴方が浮気をしたことで友菜がすごく傷付いたからよ』 「…!」 『ねぇ、本当にこんな簡単なことがわからなかったの?わかってたんでしょう?だから無意識下で罪悪感が渦巻いて、でもそれがなんなのか理解したくなくてイライラしてた。自分が友菜を傷付けたって認めたくなかったんでしょう。友達に裏切られて、一度の浮気くらいで怒って家を出ていかれて、俺の方が傷付いてるって被害者面してるの、気が付かなかったの?』 「ち、ちが…俺はそんなんじゃ…」 『そんなんじゃ、ないって?』 「そうだ…俺は、そんな…」 『じゃあちゃんと自覚してたってことね?』 「そ………」 『まぁそうよね、でなければ…』 『こんな夢見ないわよね?』
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