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恋はできない……ツバキ
あ……。
キスしている時にピンと来た。
この子はわたしが柳くんと歩いてるのを見たに違いない。きっとそうだ。
わたしが柳くんと別れてすぐ、目の前に現れた。タイミングが良すぎた。カエデに見られないようにわざわざ途中で別れたのに、偶然、見られてしまったんだ。たかがアイスのせいで。
背中側に回された、カエデの手が持っているアイスの入った袋が冷たい。じんわり、熱を吸っていく。
今日は本当にあの子は来なかったんだ。カエデからは「日向の匂い」しかしなかった。誰にも会わずに一日、家にいたに違いない。内向的な子だった。
「ん……カエデ、離して……」
カエデとキスをしていると、つい、意識が飛んでしまう。柳くんとキスしている時よりそうなることが多いのは、どういうわけなんだろう? わたしたちは姉弟で、二人で一組になるようにできている。そういう風に生まれてきた。
だからかもしれない。
キスだけでこんなに何かを埋め合わせられるなら……とふと考えてしまって怖くなる。そんなことは起こり得ない。
カエデからアイスを受け取って、クーリッシュは冷凍庫にしまった。たぶん、クーリッシュは多少溶けてもまた上手く凍るだろうと思ったからだ。
フローズンヨーグルトだけをソファテーブルに置く。コンビニでもらったプラスチックのスプーン2本を添える。
「カエデ」
洗面所から手を洗ったカエデが戻ってきて、わたしもキッチンで手を洗う。二人で「いただきます」をする。
「周りが溶けてきてちょうど食べ頃な感じ」
わたしが言うと、カエデはにこりとリラックスした笑顔を見せた。そんな笑顔を見たかった。最近のカエデはピリピリしてることが多かった。
「ツバキが前にこのアイスが好きだって言ったの、覚えてたんだよ」
「うん、これ、さっぱりしてて好き」
「やっぱりね」
まだ空は明るさを保っていて、わたしたちの間にはしばらく沈黙が横たわっていた。それは気まずいものではなくて、浸っていてとても心地良いものだった。
口火を切ったのは、カエデだった。
「今日は一日、一人でいたんだよ」
「そうなんだ」
「ツバキは?」
ああ、やっぱり……。これは誘導尋問てやつだ。
「わたしは予備校だったから」
「あれは柳先輩だよね?」
「あー、見た? たまたま具合が悪くなったところに通りかかって。恥ずかしい」
怒るかな、とビクビクしながらそう話した。だって、そんな都合のいい話があるだろうか? たまたま? どんなたまたまだって言うんだろう?
「また具合悪くなったの? 熱中症?」
「ああ、うん、そうなの」
「どこで? 倒れたりしなかった? 連絡してこいよ」
「駅で、電車降りたら気分悪くなって。柳くんも電車に乗ってたみたいで。倒れたりはしてないよ。連絡しないでごめん」
どんだけ嘘が上手いことするする出てくるのか、自分でも呆れるほどだった。かなり本当のようだけど、柳くんに助けてもらったこと以外はすべて嘘だったんだから。
「気分悪い時に連絡してこられないよね。考えが足りなかった。乱暴な言い方してごめん。怖かった……?」
まるで人形の髪を撫でる時のように、カエデがそっとわたしの髪を撫でる。わたしもカエデの頭の形の良さを確かめるようにそれを撫でる。二人で髪を撫で合っているうちに、当然、変な雰囲気になる。
わたしにはもう柳くんがいるのにな、とぼんやり考えながら瞳を閉じる。
髪を撫でられるのはどうしてこんなに気持ちがいいんだろう? アイスを食べた後の口の中はどうしてこんなに居心地がいいんだろう?
冷たい。やわらかい何かがぬめぬめと軟体動物のように踊る。捕まりたくないような、絡め取って欲しいようないつもの不思議な気分になる。口の中が異常に敏感になって、ほんのちょっとの刺激が頭にまで届く。
こんなこと、やめなきゃいけないのに……と思いながらカエデの髪をかき混ぜる。さらりと乾いた髪をかき混ぜて、指に伝わるその感触を楽しむ。
ぷはっ、というように唇が離れると漏れた吐息は乱れてしまってすぐには整わない。
「ツバキ……僕はダメなの?」
抱きすくめられる。
狡い、そんな小さな男の子のようなふりは。どうしても幼かった頃の弟を思い出させる。
「カエデは弟じゃん」
「でもその前に男だし。僕はツバキとしたいって思ってる。ツバキをあんな風に泣かせる最低野郎より僕の方が全然いいと思うよ」
「あのね、姉弟だとみんなに認められないよ。子供も持てないし、一生二人きりになっちゃう。……ダメなんだよ、姉弟は」
「そんな言葉でどうにかしようったって関係ないよ」
関係なくない。すごく重要な問題だ。
うまく説明できないけど、わたしたちじゃダメなんだ。わたしとカエデは似過ぎている。わたしはカエデに埋められることはない……。
耳の後ろに唇の感触を感じる。またわたしの髪に顔を埋めている。わたしの後ろに隠れていた小さな頃に戻ったみたいだ。
キスするのは気持ちいい。
でも、わたしはカエデに恋はできない。
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