わたしは彼の特別……アオイ

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わたしは彼の特別……アオイ

 家に帰ってからよく考え直してみた。どうして今日に限ってカエデが家に上げてくれなかったのか?  とりあえず、落ち着け。  深呼吸をする。  可能性としてはやっぱり「お姉さん」。  おととい、お姉さんが帰宅した時、カエデに帰るよう言われたもの。  お姉さんが、女の子を家に上げたらいけないって言ったのかもしれない。ひょっとしたらお姉さんは意外と潔癖で、男女のそういうことを許容できないのかもしれない。  それは有り得る。  お姉さんみたいにキレイな人なら、男なんて煙たく見えそうだもの。その辺にごろごろ転がっている川原の石ころのようなものだろう。  でも本当はお姉さんの足元に、特別キレイな石が転がっている。それがカエデだ。灯台もと暗し、というやつだ。もっとも、気づいたところで姉弟じゃ何にもならないんだけど。  とにかくカエデはわたしのものだ。  美しいカエデはわたしの物でしかない。  こんなにドキドキしながらここに来たのは初めての時以来だ。  今日は間違えずにドアフォンを1回だけ、ピンポーンと鳴らす。  上手く鳴らせて自分を褒める。偉い、やればできるんじゃん。ここからが大切なところだ。間違わないようにしなくてはならない。 「またお前かよ……通じてないの?」 「待って、カエデ、待って」  ガチャッとモニターの切れる音がして扉の向こうにカエデが歩いてくる気配がする。 「何?」 「話が……」 「こっちはないけど」 「ひどい、わたしには、ある」  涙は簡単に、溢れては滝のように流れ落ちた。 「……わかったよ。部屋で話そう。静かにな」  やっぱりお姉さんがいるのかもしれなかった。カエデのお姉さんてそんなにうるさそうな人だったっけ?  ああ、違う。3年の先輩に告白してふられたんだって誰かが話していた。お姉さん、かわいそう。それで他人の幸運を快く許すことができなくなったのかもしれない。  何にせよ、お姉さんは不機嫌なんだ。物事は静かに進めた方がいい。 「で、話って何?」  カエデの切れ長の目でキッと見つめられると、一瞬息を飲んでしまう。美しいものに惹かれるのは間違ったことではない。 「あのね、どうしてここに来ちゃいけないのか教えてほしいの」 「別に何も。邪魔だから」  ……そんな言い方はない。いくら本当のことを言うのが恥ずかしくてもそんなのはいけない。でもそれは口に出さない。だって、カエデにも男のプライドがあるもの。 「ここじゃないところで会えばいいんじゃないの?」 「会いたいなんて言ってないだろう?」 「だって会ってたじゃない」 「お前が勝手に来るんだろう? 毎日、毎日。他にやることないのかよ」 「ない……。カエデが好きなだけ。私の全部、それだもん」 「は? 有り得ないだろう? お前のこと雑に抱くような男がお前の全部なの? お前のこと、やさしくしてやろうなんて思ったことないよ。自分がイケればそれで良かったんだけど。お前だってそうだろう? ちょっと気持ちいい思いすれば良かったんだろう?」 「違う!!!」  カエデの部屋のローテーブルを、思わず大きな音で叩いてしまってその音に自分も驚いた。なんでこんなことしちゃったんだろう?  ヒステリックになりたくない。  でもカエデに本当の気持ち、ちゃんとわかってほしい。 「違うよ! わたしは幼稚園の頃からずっとカエデだけが好きだったって言ってるじゃない! 好きな男に抱かれたいのは当たり前じゃない! それが毎日だったら夢みたいだって、ずっと、思ってたのにそんな言い方ひどい……」  ずずっと鼻をすする。勝手知ったる部屋でティッシュをもらって、鼻をかんでついでに涙を拭いた。 「わかった。理由はもういいの。アオイが好きだって言って。まだ一度も言ってくれてないでしょう? お願い、それだけで許せるから」  ……。  静寂が部屋を包んだ。  どっちも少しも動かなかったし、動く気配もなかった。焦れったかった。 「わたしは、カエデがちょっとくらい意地悪しても許せるの。だってそれ以上にうれしいこと、いーっぱいもらったし。わたしだけがカエデの特別だってちゃんとわかってるから」 「……違う」 「え?」 「お前は特別じゃないよ」 「え?」 「好きな人がいるんだ。ずっとだよ」  え? そんな話、聞いてない。  何でそんな話になるんだ? 誰も求めてない答えを持ってこないでよ! 「お前のことはちっとも好きじゃなかったし、好きにもなれなかった、悪いと思うけど」 「そんなの、ひどいじゃない……」 「毎日人のことつけて歩くのもどうかと思うけど」 「だってわたしはカエデの特別だから、カエデの後ろを歩いたっていいでしょう?」 「お前、本気で言ってんの? あれはもうストーキングでしょう? 毎日、毎日つけられて限界だったからお前の部屋に誘われて行ったんだよ。わかってるの? それで、お前が僕を誘ったんだよ。ゆったりした丈の短いワンピース着て、下に何も付けてなかっただろう?」  頭の中がぐらぐらしてきた。マグマっていうのはこういうものなのかもしれない。マグマは熱くたぎって、心の中に溢れてくる。身を焦がしながら溢れてくる。  カエデの机のペン立てに手を伸ばした――!
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