銀河Au伝説

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 西暦が「旧暦」と称されるようになって、早、数世紀が経った。  科学技術は爆発的な進歩を遂げていた。人類は時間と空間を超越し、銀河を征服した。生命の倫理をも踏み越え、神の領域にさえ手を掛けた。  だが、神になりつつあった人類にも、尽きせぬ悩みがあった。  金である。  それは経済における価値の単位である「貨幣」を意味すると共に、その価値を担保し、その根本位となる、金属元素としての「黄金」だった。  管理通貨制度が表向きには経済の主軸となっても、黄金の価値は尚々高位に在り続けた。  核融合技術の応用により、錬金術の宿願であった黄金の錬成は、一応の成功を見た。しかし、費用対効果は全く、それに見合うものではなかった。ほんの一つまみの純金粒を生成するために、複数の恒星系に匹敵する質量と、その更に何十倍にも及ぶ、膨大なエネルギーが必要とされた。  一説――陰謀論に過ぎないものではあるが、金価格の相場を維持するため、故意に技術開発に制限が課せられているという話も囁かれている。  だが現時点で、黄金の生成は経済的な価値に見合うものではなく、あくまで学術分野においてのみに留まっているというのが、一般的な認識だった。気の遠くなるような、極めて極めて膨大な質量とエネルギーの消費によってのみ得られる物質として、黄金の価値はより一層高まった。  つまり、巷間に流通する大部分の黄金の供給源は自然金――すなわち、ブラックホールに成りそこねた極大恒星の燃え残りである、中性子星同士の衝突によって、偶発的に生成されたものである。そして、それを文字通り、星の数ほどに在る岩石系天体から採掘するというのが、未だ主流のままだった。  時空をしろしめし、生と死の領域さえ統べるようになってなお、一鉱物に付加された価値に拘泥、執着し続ける有様は、その分野の有識者ならずとも、皮肉と嘲笑うところである。「神とは、金の軛から解放された者である」などと、大真面目に説く宗教家や共産主義者もいる。ハゲと水虫の特効薬は発明されても、風邪とゴキブリと共産主義の根絶はまだまだ遠いようだった。黄金の価値は、それらと並んで人類に憑いた業、「四不如意」とまで称された(諸説あり)。  話を戻そう。  なおも黄金に魅入られていた人類は、手の及ぶ宇宙全域において、金鉱石の採掘を行っていた。それも勿論、経済的な費用対効果に見合う範囲内で、である。  最初は人間の活動できる星に、採掘用の機材と大量の鉱夫を送り込むという、極めて短絡的な仕法が取られた。何せ宇宙開拓時代黎明期は、地球の人口爆発の余波を引き摺っており、行き場の無い人間が多いと云うより、人間の行き場が無い状態だった。そのため、多少過酷な環境でも強引に移住しては、移住先で資源を掘り当て、一山当てようという夢見る冒険者達が、これまた一山いくらの量り売り状態でひしめき合っていたのである。  人口過密と開拓前線の熱狂が一段落した後は、人間の移住に適さない星々に、無人の採掘機械群を送り込むようになった。人工知能に制御された機械群は極めて効率的に資源の採掘と精製、運搬をこなし、底無しかと思われた人類文明の需要を、一定水準まで満たすことが出来るようになった。生存に必要な資源が確保できるようになったことで、人々の欲求は、より高次を志向した。  より良い生活。その中で人々が求めた、資産や地位の象徴が、昔ながらの宝飾品であり、その最たるものが黄金だった。  この頃になると、人類は天の川銀河系をほぼ征服したと云って良いだろう。光速を超えた空間跳躍が可能になり、銀河の端から端までは日帰りで往復できるようになった(スケジュール的には非常に厳しいので、資源探索企業のエリアマネージャーくらいしか、そんな過酷な旅はしなかったが)。光速を超えたことで、時間の概念さえ揺らぎ始め、その揺らぎにつけ入ることで、限定的ながらも時間操作も行われ始めた。  銀河系間の往来も始まり、少なくとも観測可能な範囲においては、レアアース仮説――地球人類並みの知性を有する生命体は、宇宙の中でも極めて稀な存在ではないかと論じた仮説――に、ある程度の正しさが認められていた。  そして、ゆくゆくは地球に相当する進化を辿るであろう、生態系を有する惑星も次々に発見された。そこで人類は、神の領域に及んでいた生物化学の技術を、それらの星々の生態系に差し入れることも提唱された。すなわち、それらの星に原生する生物に手を加え、ある程度の知性を有するところまで進化を助長し、その星及び星系における資源採掘の労働力として運用しようという目論見だった。  当然、倫理的な面からの反対も強く、表向きには各固有生態系への不干渉主義が貫かれていたが、「観察」の名目でそれらの惑星に降下した観測員が生態系に手を加えているのは、今となっては公然の秘密となっていた。
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