銀河Au伝説

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 彼等は、資源探索企業の先鋒である。  表向きにこそ複合産業超規模企業体の一閑職、生態系存在星系環境保全観測員と名乗っている。  しかし、その実態は、ある程度高次の生態系が発生した惑星において、より高次かつ高度な知性を有する生物種の誕生を助け、その進化を促すための活動を行っていた。その目的は、安価な――もっと云えば、無償で使い潰しが利く、潤沢な資源採掘労働力の獲得である。  人類の支配圏が野放図に拡大されたことで、法の支配は天網恢恢なれど疎ばかりといった状態を呈していた。だが、超規模企業体にせよ、星間国家政府にせよ、あるいはそれらを糾合する星団連合にせよ、古代から謳われてきたヒューマニズムであったり、モラールであったりを、露骨に無下にすることは出来なかった。  法の支配より隅々まで届くのは、人の視線と噂話というのは、普遍的な事実だった。あからさまに倫理を蔑ろにした活動を行えば、世論の反発を誘起し、経済活動に大きな支障が出るのだ。  営利を目的とする企業体は勿論、星間国家も「人道に反する経済活動」のレッテルを貼られ、経済制裁を被るのは避けたがった。また、星団連合もそういった人道を踏み外した経済活動が行われないよう、監視するという役割を担っていた。  つまり、超規模企業体はライバルとなる超規模企業体同士で、相手の弱みを握るべく監視し合い、星団国家もそれらを監督するという体裁で、互いの経済圏内の粗を探り合い、秩序安寧を維持するという建前の星団連合も内部では、超規模企業体・星団国家政府のしがらみが不織布の繊維のように、複雑混沌と絡み合っているのだ。  人類が神になれないとされる所以の一つが、この有史以来、全く成長の見られない、利害関係を巡ってのしがらみの構造である。  話を戻そう。  そんな鉄条網を張り巡らせたようなしがらみ――監視と牽制の中で見出された落とし所、暗黙の了解というのが、辺境域における生命体の、労働力としての運用だった。  星団連合の自然生態系保護観測局が、「生命発生の可能性は著しく低い」として監視対象から外した星系において、超規模企業体は開発許可を取得し、然る後に当該星系の星々の位置や運行を調整し、生命を発生させるのである。気が遠くなるほどまどろっこしく、手間のかかるやり方ではあるが、地球由来人類の人件費が高騰し続けている現況において、現地で労働力を確保するというこの仕法は、それなりの費用対効果が見込める方策として、(あくまで暗黙の了解として)認められているのだ。  超規模企業体によって恣意的に生み出された生態系の、法律上の位置づけについては、企業の所有権であったり、星間国家の領有権問題であったり、発生した生態系に付与される固有の尊厳であったりが諸々、より一層複雑混沌に絡まり合うため、今は詳述を避ける。  彼等はその、「生命発生の可能性は著しく低い」と評価されながらも、企業によって営利目的で発生させられた生態系を、維持・管理し、労働力たり得る水準まで導くという業務についていた。  医療技術の進歩により老化は抑制され、300年の人生も一般化しつつあったが、当然その程度の延命で、数十億年に亘る惑星と生命の歴史を追い、支え続けることなど、出来ようはずもない。そのため、観測員達の乗る母船は、主観時間を停滞させることで、数千年、数万年の時間を超越して、当該生態系に対しての干渉を行っているのである。その行為はまさしく神の領域とも云えたが、今となってはストップウォッチを止めたり進めたりするのと同じ感覚の話である。  なお、この時間跳躍は、主観的に未来へ進むことのみ可能で、遡ることは出来ない。そのため、もし生態系に甚大なトラブルが発生した場合、それらを本来の計画上の形に補正するには、また遠大な時間が必要となる。それは観測員達の給与査定にも大きく響くため、何かと神経質にならざるを得ないのだ。殊に、労働力となりうる生物種が発生してからは。  惑星の衛星軌道上に位置する母船から、紡錘形をした小型の無人探査艇が惑星へと降りていく。 「処置済みの被検体を降下させました。概ね元居た地点に戻して解放。以降、60日相当の期間はドローンによる監視・保護対象となります」  若い男が、探査艇の操作を司るパネルを操作しながら報告する。 「ご苦労」 と、ひっつめてあった鳶色の髪をほどきながら、黒縁眼鏡をかけた女が答える。 「本日分の業務も完了したことだし、休憩にしましょ。キリ番第111世代の処置が終わった記念に、今日はビールを開けちゃいましょう」  本日分とはいうものの、時間跳躍を繰り返している観測員達に、既に「一日」という感覚は無い。所属企業から与えられた業務遂行表と、生理的に効率的な労働時間配分表を摺り合せて、妥当と思われるところで切り上げるのである。 「あー、ビール良いっすねー。でも前に開けたのは100世代目の処置終わった時でしたけど、そんな間空いてないのに良いんすか?」 「いーのいーの、何でもそれっぽく理由つけておけば。適当に経費の中に混ぜ込んで提出ししとけば、どうせ会社のお金で落ちるから。こんな辺鄙なところに放り出されて、シラフで一日終えられるかってぇの」  二人は機器管制室を出ると、「多目的室」と表示されたドアに入った。折りたたみ式の机と椅子が何脚か並び、部屋の前面にはホワイトボードが立っている。壁際のスイッチを操作すると、窓には西陽射す海原の映像が投影された。神の所業をなす宇宙船の中とは思えない、アナクロな光景だった。部屋の隅に置かれた冷蔵庫から缶ビールを取り出し、二人は折りたたみ椅子に腰を下ろした。  最先端の超科学技術を扱う一方で、人間の生活水準は西暦時代の末から、大きく進歩してないのだ。  女は缶を開けると、喉を鳴らして中身を呷った。 「あー、生き返るわー」  そう云いながらも、目は死んだ魚のように据わっていた。 「ビールはやっぱり美味いっすねー。第7のビールとは比較になりませんよ」  男もそう云いつつ、喉を鳴らして飲む。税制や原料価格の抑制のために、代替ビールと呼ばれるものが、次々と現れては消えていった。その数値の定義は税制であったり、製造法であったりで変わるため、今となっては代替ビール全般を「第7のビール」と呼ぶのだ。 「君、シュメールの神話って知ってる?」  女が遠い目をして尋ねる。 「前にも云ってませんでしたっけ? 人類史の最初期の神話だとかって」 「そ」  と、女は頷く。 「地上に降りた神々が、猿を自分達に似せて人間に作り変えたって話。そんなことした目的ってのが、人間に金を掘らせるためって云うんだから、バカバカしいのなんの」 「でもそれって、俺達が今やってることとおんなじですよね。原生の生き物に人間相応の知能を持たせて、金を掘らせようっての」 「そ。バカバカしい話だと思ってたけど、今その神話と同じことをしてると思うと、あの神々も実は契約社員で、より大きな存在の使いっ走りだったんじゃないかって考えちゃうのよ」  女は、鼻で笑った。 「だとしたら、壮大な皮肉っすよねぇ」 「人間が何千年経っても本質が変わらないように、神々もその本質が人間と同じだったなら、こんな滑稽な話はないよね」  女はケケケと笑うと、リモコンをいじった。窓に投影されていた茜色の海は薄れ、観測母船から臨む、彼等の担当惑星が映し出される。人類の母星によく似た、青い海原を湛えた星だった。 「綺麗」  その呟きは、自分達と、これから生まれてくるこの星の労働力たるべき生命の境遇を重ねた溜息に、儚く掻き消された。
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