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パチリと目を開けた。 「………!」 咄嗟に記憶が繋がらず、ガバッと身体を起こすと。 「はい、お疲れ様でした」 のんびりとした声がこちらに向かって投げられる。 部屋が薄暗い。窓の外は真っ暗だった。 「俺は……眠っていたのか?」 「いいえ。『時間を奪われた』んですよ」 意味が分からず、ソファから起き上がって男に向き直る。 「どうぞ」 デスク越しに座った男が、釣り銭でも渡すような仕草で差し出してきたもの。 「3万円……?」 「今ね、あなたの時間を6時間ほど買い取らせていただきました。時間相場ってのは……ああ、文字通り時間の価値っていうのは、当然上下するんですけどね。現在の価格だと約5千円なので、買取価格は3万円になるんです」 寝ていた……? いや、それにしては「一瞬過ぎる」。 普通に寝ていたら身体が休まっていたりだるかったりで、何らかの感覚があるものだが。 文字通り「記憶が飛んだ」という気分に近かった。 つい今さっき、この男の指先が額に触れたと思ったのに。 ---コイツは「本物」なのだろうか。 ここに来たのは確か、まだ明るい午後3時過ぎ。 そして今、腕時計の針は午後9時を回っていた。 「お望み通り、時間を買い取って差し上げました。これで信じてくれますかね」 「ど、どうやったんだ……? 買い取ったって時間はどこにいっちまったんだ」 「貯めてありますよ。あなたとは逆に、時間を買いに来るお客様もおみえになりますので。うちは時間の売り買い、両方やってますから」 「どうやって!?」 「それは企業秘密です」 キッパリと言い切り、男はしーっと言って人差し指を口に当てる。 ………受け取った万札。 抜けた時間の感覚。変わらない身体の感覚。 こんな。こんなことが、本当に。 ---いや。そんなことは。 勘ぐっている暇は、自分にはないのだ。 「分かった。あんたの商売に詮索をする気はない」 「ご理解いただけて幸いで」 「なら、アンタから時間を買うこともできるってことだよな?」 「勿論」 「……なら、」 「娘さんのために時間を売ってくれ、ですか? それは無理です。時間のやり取りは『本人』としかできないんです。寿命を伸ばしたいなら、娘さんとわたしが取引しなきゃいけない。この店の中でしか売買できないので。というか、お金がないからここに来たんでしょう」 娘を、ここに連れてくる? そんな危険なこと、できるわけがない! 「なら、査定額はどうなった。俺の余命を査定すると言っただろ、その金を使って手術をする!」 「それなんですけどね」 男はふうと一拍おいて、気落ちしたようにため息をつくように告げた。 「約10万円てとこです」 「は?」 咄嗟に手の中の紙幣を二度見する。 「どういうことだ? たったの数時間買い取ってくれて、3万もくれたんだろ?」 「単刀直入に申し上げますと」 男は心底残念だと言わんばかりに首を振った。 「あなた、もう寿命がないんですよ。あと1日程度でお亡くなりになるみたいで。原因は知りませんけど」 「……どういうことだ」 「時間を商売にしてる仕事柄、売主さんの余命は分かるんです。さっきあなたの時間を少しだけ買い取った時に調べたら、すぐに死亡されると分かりまして」 そんなことだと分かっていれば、6時間も取らなかったんですけど。 ---俺が? もうすぐ、死ぬ? 「嘘つけ。何でお前にそんなことがわかる」 「お答えしかねます。時間に関するうちの技術に関しては、一切企業秘密なので」 男の笑顔が歪んで見えた。 背中にゾッと悪寒が走る。 「---それでですね。1つ、わたしの方から提案があるのですけれど」 ---ピルルルルッ。 男が口を開きかけた、その瞬間。 空気の冷たくなった部屋に、無機質な電子音が鳴り響いた。 どうぞ、と頷いた男に背を向け、俺はスマホの画面を開いて通話ボタンを押した。 ……通話相手の名前を見た時には、何が起きたのかを察していた。 電話の向こうから聞こえる、緊迫した声。 俺は反射的に店を飛び出すと、転げるようにその場から走り始めた。
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