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<4>
「愛梨! 愛梨?」
「お父さん離れてください!」
娘が乗せられたストレッチャーに追い縋ると、近くにいた看護師に引き離された。
酸素マスクをつけられたまま集中治療室に運ばれていく。
その姿を呆然と見送ることしかできない。
『娘さんの容体が急変しました! 至急病院へ来てください』
緊急連絡用に登録しておいた、担当医の電話番号からの通話。
駆け付けた自分の目の前で、治療室の扉が閉じられる。
間に合わなかったのか?
手術さえ受けられれば、あの子は助かるはずだったのに。
金さえあれば……。時間がなかったから……。
金。時間。金。時間。
ブツブツと繰り返している中、ふっと頭に浮かんだ言葉があった。
『---提案があるのですけれど』
……『時間屋』。
わずかの間意識を失っていただけで、3万もの金を寄越してきたあの男。
あの胡散臭い男が、何か言いかけていなかったか。
時間か金を、融通しようとしてくれていた?
震えそうになる足を叱咤し、病院から走り出た。
とにかくあの店に。
川沿いの駐車場に止めてある車まで走って来ると、呼び止められた気がして振り向いた。
……誰もいない。
怪訝に思った、その時だった。
ーーー俺は後ろから突き飛ばされて、ゆっくりと転げ落ちていった。
川沿いの駐車場には、下へ降りていく工事用の階段が設けられている。
俺はそこを転げ落ちながら、自分を見下ろしている男の姿を視界にとどめていた。
何度か身体を強打する。
悲鳴すら上げられない激痛が全身を襲う。
ーーー全てを、悟った。
「残りの寿命がない」とアイツは言った。
始めから俺を殺すつもりだったんだろう。
試しに時間を奪ったと言った、あの時に残りの寿命も抜き取ったに違いない。
身体の感覚がなくなったところで、階段が途切れる。
その先は深くて流れの速い、川の水面のみだった。
川岸の道上で佇んでいる男の、薄っすらと微笑んだ口元が網膜に焼きつく。
やけに派手な水音と共に、意識は途絶えた。
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