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<5>
……目覚めよ……
ーーー遠くから、声が聞こえる。
目覚めよ……目覚めるのだ……
人が眠っているのに、うるさいぞ。
ゆっくりと瞼を開ける。
そこは一面真っ白な世界だった。
「---ようやく目覚めたか。いつまで寝ておるのかと思ったわ」
冥府も暇ではないのだぞ。
目の前にいた『三毛猫』が、不機嫌そうに呟くのを見た。
「猫……? 何で喋ってんだ?」
「ワシは猫ではない! いやまあ猫だが」
「猫じゃねえか」
「違う! いや違わんが! ワシは冥府の官吏をしておる特別な猫神なのじゃ。敬意をもって話すがよい、人間」
冥府。
冥府の官吏の猫。猫神?
いやもうこの際、猫はどうでもいい。
「何でもいい! 俺は死んだのか?!」
「残念ながら死んだな。死因は落下による溺死じゃ」
「違うんだよ!」
目の前の猫に掴みかかるように訴えた。
「俺は殺されたんだ! 時間屋とかいう胡散臭い野郎に騙されて、金のために寿命奪われちまったんだよ!」
「……ほお」
三毛猫が、まん丸い金の両瞳を細める。
死んでみれば、猫の官吏がいる冥府。
現世に時間を操る男がいても、何も疑う余地はなかった。
「あの野郎……! 初めっから俺の時間を盗むつもりでっ。俺がいなくなったら愛梨はどうやって助かるんだよ?」
「………」
「俺が金を用意しなくちゃ、娘が死んじまうんだ!」
人の言葉を解す三毛猫。
冥府の官吏を名乗るそれは、静かに自分を見据えてこう言った。
「……お主はもう死んだ。金など所詮は、現世の儚き妄執に過ぎぬ」
「生きてるうちは金が全てなんだよ! こんなことしてるうちに娘までこっちに来ちまったら」
カミサマに何が分かるってんだ。
三毛猫は、嗚咽を漏らしながら崩折れた自分の足元に歩を進めた。
「---冥府には、寿命遺産制度というものがある」
「寿命……遺産?」
「お主には、これから生きるはずであった時間の一部を娘に遺産として残す権利がある」
---なんだって?
言われたことが理解できず、のろのろと顔を上げる。
冥府の官吏はキッパリと告げた。
「手続きを始めるぞ。……これがお主が娘を救える、最後の手段じゃ」
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