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チリリンチリリン。 「おや、お客さんですか」 ドアから響く鈴の音に、男は静かに顔を上げた。 その視線の先にいた者に、僅かに驚いたように目を見開く。 「ーーー最近この辺りを調べていた方々がいらしたようですが。貴方様でしたか」 「お主、人間を殺したな」 人の言葉を解する三毛猫は、現世に降り立っても姿を変えず。 金色の瞳を鋭く光らせた。 「さて何のことやら」 「とぼけるな。昨日死んだ者からの証言だ。お主に殺されたとな」 「それが本当だったとしても、だから何です? 冥府の官吏である貴方にわたしを裁く権利はありませんよ」 「言われずとも。ワシは冥府の法に従うまで。この国の刑法にまで口を出すつもりはないわ」 「なら、何でここに来たんですか」 「……お主に、感謝の言葉を伝えに来た」 厳しい視線と裏腹のその単語に、男が少しだけ意外そうな表情を見せる。 「バレてましたか」 「『寿命遺産制度』を悪用したであろう」 それは最近、冥府で制定された法律。 病気や事故で死んでしまった者と、寿命を全うできた者の間の不公平感を取り除くため。 早くに死んでしまった者が、任意の生者に寿命を譲れるという制度であった。 「娘を生き延びさせるなら、時間を買い取って手術するよりも死後に寿命を譲らせた方が確実。だから殺した。---そうじゃろ」 ヒュウウ、と小さく風音がした。 見ると、ドアは完全に閉められていなかった。 冷えた隙間風が吹き込んでいる。 「生きてる人間にあの制度のことは教えられませんからね。娘さんに時間がなかったみたいなので」 「あやつは感謝しておったぞ。金もないのに、20年も娘の寿命を延ばせたと」 「偉いのは命と引き換えに余命を残した、あのお父さんですよ」 「人間の医療技術の進歩は早い。それだけあれば、その後も生き延びられる可能性は高いであろうな」 「お金は渡せませんでしたけど、あのお客さんの願いは叶えられました」 時間とお金をやり取りする商売。 こういう時に、やっててよかったなって思えるんです。 三毛猫はその笑顔を一瞥すると、くるりと踵を返す。 チリリン。 開きかけの扉から、三毛猫が外へ向かった時。 僅かに首を捻り、一つの問いが投げかけられた。 「1つだけ聞いていいかの」 「何でしょう?」 「あの男の身体は、極めて健常であった。余命は長く、ワシの目から見ても40年以上はあったはずじゃが」 「……何を仰ってるんです?」 「計算が合わないと言っておる」 三毛猫の瞳の金色が、爛々と輝く。 「あの男が死んで娘に譲ったのは、20年じゃった」 「……」 「そして本来の40余年との差『およそ20年』。……その時間、一体どこへやった?」
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