呪われた棘の万年筆と消えた一万円札

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 ポキッ。 「うわあああああ!! また鉛筆が折れたぁ!」  小菅町蒼(こすげまちあお)は短くなった鉛筆を机に叩きつけた。そうやって叩きつけるから中の芯が折れるんだと、周りで見ているクラスメイトは思うのだが誰も教えてやらない。 「うう……この鉛筆が頼みの綱だったのに……」  教室の隅に置いてある自動鉛筆削りを使おうにも、短すぎて感知するところまで届かない。届くまで押し込んでしまったら、引っこ抜くのに大変だし、自分の指が削れてしまいそうで怖い。  試験が迫っているというのに勉強ができない。もう留年が確定してしまったようなものだ。  初めて昼休憩の時間に勉強していたのに……と蒼はうなだれる。  弁当を食べたあとでちょうど眠たくなってきた。今から五・六時間目も寝てしまおうと考えたとき、親友の池伝勝貴(いけでんまさき)がやってきた。 「おうアオ。勉強なんてしてんのか。めずらしいな。『ペンは剣よりも強し』って言葉があるぐらいだから、勉強するのはいいことだ」 「いや、それが全然強くないんだよこのペン。僕が勉強しようってやる気を出すたびに折れるんだ。こんなんじゃ勉強できないから、僕は留年する。僕一人だけ残して、みんなで楽しく進級すればいいよ」 「おいおい。悲しいことを言うんじゃねぇよ。次の試験まで一週間もあるだろ? 一緒に三年生になろうぜ」  勝貴は蒼の肩を叩く。他人事だから気軽なものだ。  もともとは蒼と同じように学年順位の底辺を這っていたのだが、塾にでも通い始めたのか成績が急に上がった。今ではすっかり優等生ヅラだ。  だが、少し前まで入院が続いていた。成績は上がっても根っこはタダのバカだから、なにか大怪我するような危険なことをしたのだろうが、蒼はその理由を聞いていない。 「あのさ、勉強がんばってるところ悪いんだけど、ちょっと頼みを聞いてくれないか?」 「いいよ。ちょうど最後の鉛筆が折れちゃって、寝ようと思ってたとこだったから」 「そうか……お前、覚えてるかな。たしか去年の夏頃。アオが母さんにおつかいを頼まれて、ついでにハガキを出して来いって言われたときのこと」 「おつかいはいつものことだからなぁ。どんなおつかいだったのかな?」 「俺もなにを買いに行ったかまでは知らない。でも、アオがハガキと間違えて渡された一万円をポストに投函したのは覚えてる」 「ああ! あったねそんなこと」  あのときはハガキを投函することと、一万円を離さず握りしめておくことを意識していたから、握りしめていた一万円を間違えて入れてしまったのだ。 「覚えてたか。焦って電話かけてきたアオの話には腹が痛くなるほど笑わせてもらったよ。そこで俺はアオに木戸銭の代わりに一万円を貸した」 「え……そうだっけ?」 「そこは覚えてないのか。たしかに貸したんだ。でも、お前が覚えていないのも無理はない。その場のノリで無利息の催促なしで貸したんだからな。だけど、どうしても一万円が必要になったんだ。すまないけど、なんとか工面できないか? この通りだ」  勝貴は頭を下げた。蒼は驚いて両手をパタパタと振った。 「いやいや! 頭を上げてよ。そんな風にされちゃうと、僕も困るんだよ。だって、もらったお金じゃないんだからね。ずっと返済してない僕が謝らないといけないぐらいだよ。返さないといけないとは思ってたんだけど、鉛筆も買えないぐらい貧乏しててね。なかなか返せないでいたんだ。でも、そこまで困ってるんだったら、僕もなんとかするよ。……じゃあ、一週間だけ待ってもらえる?」 「一週間は長すぎだな。そこまでは待てない」 「本当に急ぎなんだね。じゃあ、四・五日でどう?」 「いや、四・五日はダメなんだ」 「……じゃあ、二・三日」 「ダメだ」 「ええ……もう明日しかないじゃないか」 「いやいや、そんな悠長なこと言ってられないんだ。今日の放課後! それまでになんとかならないか?」 「今日の放課後なんて絶対無理だよ! だいたい、今日一万円持ってるんだったら、売店に行って鉛筆買ってるよ。こんなちっぽけな鉛筆が折れて嘆いてるのに一万円があるはずないよ」 「無理は承知で頼んでるんだ。一万円が用意できないと、もしかしたら俺は死んでしまうかもしれないんだ」  一万円がないと、死ぬ? そんな状況ってあるんだろうか?   事情を聞こうとしたけれど、勝貴は「それじゃあよろしく頼むぜ!」と言いながら教室を出て行ってしまった。
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