呪われた棘の万年筆と消えた一万円札

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「まったく……勉強しようと思ったら鉛筆折れるし、借金取りまでくるし、なにもいいこと起きないじゃないか。やっぱり放課後まで寝てる方がいいや」  本格的に寝ようと思って、ノートを開いたまま机に伏して寝ようとしたときだった。  委員長の四明(しめい)がやってきた。 「あら小菅町くん。めずらしく勉強してるのね。いい心がけね。イスラム教の開祖のムハンマドは『学者のインクは殉教者の血よりも神聖である』って言っているのよ」  またか。うんざりしながら蒼は鉛筆を見せつける。 「出ないインクに神聖もクソもないよ。このクラスのワースト一位のディフェンディングはしたくないから、気合い入れて勉強しようとしたのに、また鉛筆折れちゃったんだ!」 「ああ……あなた、寝てるときによく鉛筆落としてるし、芯が折れたときに怒りにまかせて机に叩きつけているから、中の芯が全部折れちゃってるのよ」  周りのクラスメイトからため息が漏れる。みんな面白がっていたのだ。  蒼は鉛筆をまじまじと見ながら「へぇ~」と感心している。 「短い鉛筆使って勉強するのやめなよ。腕が疲れて、勉強に集中できないでしょ?」 「そんなことは分かってるんだけど、新しい鉛筆を買う金がないんだよ。この鉛筆も床に落ちてたやつを使ってんだから。消しゴムも鉛筆の頭に付いてたんだけど使い切っちゃったんだ。だから、間違えたときは黒く塗りつぶさないといけない。ただでさえ短かったのに、もっと減りが早くなったんだ」 「だったら、そもそも鉛筆を使うのをやめなさいよ。前の鉛筆削り使ってるのあなただけなのよ? 削りカスを捨ててる私の身にもなってよね。それにお金の悩みがあるなら、やっぱり鉛筆はやめた方がいいよ。鉛筆って安いように思うけど不経済なものだから。一本が高くてもシャーペンや万年筆を買って芯やインクを取り替える方が、長い目で見れば安くなるのよ」 「なるほど。僕もシャーペンを使ってみたいな」 「鉛筆の芯を全部折るような人が、シャーペンの芯なんて持ち歩けるはずないでしょ。だから、芯のない万年筆を使いなさいよ」 「四明さん……僕のことをもうちょっと考えてよ。万年筆を買うお金があるんなら鉛筆一〇〇本買ってるよ。とにかく今は試験勉強をやらないと、来年は同じクラスにいられなくなる」 「そういうだろうと思って、私もいい話を用意しておいたの」 「さすが委員長! 僕はもう誰かに助けてもらわないと生きていけないんだよ!」 「まったくその通りなんだけど、自分で言うとクズ具合が増すわね……。万年筆をあげるわよ」 「ありがとう! そんな四明さんを愛してる」 「あなた……絶対にヒモになるわね。あげるんだけど、この万年筆はちょっと変わってるのよ。そのことも理解してもらえる?」 「うん。書ければなんでもいいんだ。ペン先が曲がってて、まっすぐな字が書けないとか言うんでしょ? もともと僕はまっすぐな字を書いたことはないから関係ないんだよ」 「そうじゃないの。この万年筆、肌に優しい自然素材でできてるの」 「へぇ~オシャレでいいね。いかにも勉強できる人が持っていそうだよ」 「うん。でもトゲが生えてるの」 「……全然肌に良くないね」 「インクはすらすらとは出にくいんだけど、インクの減りは早いの。万年筆の頭に小さなバラの花が咲いていて、水の代わりにインクを吸うの。だから、その分のインクも足しておかないと、万年筆そのものも枯れて壊れる」 「なんだかめんどくさい万年筆だね」 「オシャレっていうのは面倒くさいものよ。それから、この万年筆に一つだけ欠点があるの」 「まだ欠点があるの? もうなにを聞いても驚かないよ」 「この万年筆はインクの代わりに血を使うの」 「…………は?」 「万年筆を使ってる人の手から血を吸って、それをインクとして出すの。書いてすぐは血のような赤い色なんだけど、乾けばちゃんと黒く変色する」 「ずいぶん物騒だけど、血を吸うって言っても蚊ぐらいの量なんでしょ?」 「うーん……一時間でだいたい一〇〇ミリリットルぐらい」 「高等数学だね……えっと、一〇〇ミリリットルは一キロぐらい?」 「よくこの高校に合格できたわね。その十分の一」 「十分の一なら大したことないね。問題なく使えそうで安心したよ」 「そうねぇ……大人が献血をするときは四〇〇ミリリットルだから、四時間も使えば献血するのと同じよ」 「へぇ……一日授業で使ったらフラフラになっちゃうね」 「そうだけどインクを買わなくていいのよ。なかなかいい万年筆でしょ?」  四明はにっこりとほほえむ。見ほれるに可愛いものだが、完全に営業スマイルだから恐ろしい。 「ちょっと考えさせてもらうよ。せっかくおすすめしてくれたのにごめんね」 「……ふぅん。私だったらすぐにもらうのに。こんなにいい万年筆、なかなかないから。でも仕方ないわね。道具を使う人の気分は大事なものだからね。うん。他を当たってみる。こんな万年筆でも使ってくれるなら、処分費の一万円が浮くから、それもつけようと思ってたんだけどね」  蒼は立ち上がって、去ろうとする四明の手をつかんだ。 「四明さん……何円がつくって言った?」 「値段は分からなくてもお金がつくことだけは分かったのね。ていうか、離しなさいよ。留年どころか退学させるわよ」  この女ならやりかねない。蒼は素早く手を離した。 「い、一万円って言ったよね? その万年筆に一万円がつくんだね? もらうよ」 「え? もらうの? ちょっと呪われてるのに?」 「なんで驚くの……。おすすめに来たんでしょ? 喜んでよ。万年筆つきの一万円をもらう人が現れたんだから」 「それだと万年筆がおまけになるじゃない。一万円つきの万年筆ね。もらってくれるなら、私の肩の荷は降りるわ。ありがとう。じゃあ早速、明日持ってくるから」 「ええっと……明日なんて待ってられないんだ。今日の放課後までに一万円が欲しいんだ。明日になったら、それいらないから」 「なにか間違ったことを考えてる気がするけど……まぁいいわ。あとで万年筆もらってくるから、放課後になっても帰らないでね」  そんなやりとりを四明として、蒼が寝ている間に放課後になった。  誰かから万年筆を受け取ってきた四明が教室に戻ってきた。 「はい。これが昼休憩に話してた万年筆。大切にしなさいよ」  女子からのプレゼントなのに、全然ときめかない。  万年筆はまるで(いばら)そのもの。鋭いトゲが無数に生えていて、頭の部分には血の色をしたバラの花が咲いている。 「ずいぶん綺麗に咲いてるね。みずみずしいぐらいだよ。前の持ち主の血で、こんなに綺麗に咲いてるの? そうだとしたらすごいなぁ。一体どんな人なんだろう」  万年筆をつまんで持ち上げて眺めている。そこでふと大事なことを思い出す。 「四明さん。万年筆はいいけど、アレはちゃんと持ってきたの?」 「アレって、なんのこと?」 「アレって言ったらアレだよ。これをもらう話をしたときに約束したじゃないか」 「ああ、一万円のこと? ちょっと事情があって、今日は用意できなかったの。明日の朝には必ず持ってくるから安心して」 「ええ! それは困るよ! 今日一万円がもらえるっていうからこの話を引き受けたんだから」 「絶対に明日の朝に持ってくるから、それで構わないでしょ。委員長である私が約束するんだから大丈夫」 「うーん。そういう問題じゃないんだけどな……でも仕方ないか。無いものはどうやっても無いもんね。僕も四明さんと同じだからよく分かるよ。じゃあ、明日には必ずね」  四明に強気で言われてはどうしようもない。蒼は受け取った万年筆を鞄の中に入れた。
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