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遡ること15日前。
ベッドの天井であるガラス越しに現れた暗闇に包まれ、秒針の響きを聞きながらうとうとと眠りにつこうとしていたときだった。カチャリと小さい音が聞こえた。私は使用人が忘れ物でも取りに来たのかと思った。今思えばこの時点で気がつくべきだった。この30年間で完全に平和ボケしていた私の危機察知能力は数値にしてマイナスまで減っていたらしい。いつまで経っても照明をつけないので使用人は寝ている私に気を遣っているのかと思っていた。勘違いも甚だしいと気が付いたのは、部屋に入ってきた人物が私の寝ているベッドごと持ち上げた瞬間だった。ひどく乱暴な手つきだった。勢いのまま布部分から飛び出してしまった私の体は正面のガラス部分に衝突した。冷たい金属音が体中に響き渡る。情けないことに、私はそのまま気絶してしまった。
目が覚めた時には見覚えのない部屋にいた。30年間愛用してきたお気に入りのベッドもどこかへ追いやられてしまったようで、私は実に30年ぶりに冷たい外気に晒されていた。
私はこの時、自分が誘拐されたという事実よりもう二度とあの使用人に会えないことのほうが恐ろしかった。私にやさしく話しかけ、丁寧にマッサージをしてくれたあの使用人は私の愛すべき人物の一人だった。だが今はただ、今後彼が無事であることを祈るだけだ。
「こりゃ珍しい。コレクターに売りゃあ金になるな…」
ガラス越しではない音は随分と久しぶりに聞いた。どうやら声の主は犯人のようだった。
「はぁ?こんな普通の小銭が?」
「いいから、これも持ってくぞ」
この時犯人の口から出た「フデ五」という単語。それが私を指しているのだと気づいたのはこの5日後だった。
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