フデ五

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 誘拐されて15日間、おとなしく犯人の会話を聞いていてわかったことがいくつかある。  まず犯人は複数犯で、私を攫った者たちは3人。そのうち1人は不定期に顔を出す。おそらく彼が3人のリーダーだろう。そして残りの2人が盗んだものの見張り、といったところか。  次に、この誘拐は身代金目的ではないということだ。犯人達の会話から察するに、どうやら私をどこかへ売り飛ばそうとしているようだ。私はとある業界では「フデ五」と呼ばれているらしく、とくに昭和32年生まれの私は「フデ五」の中でも希少価値が高いそうだ。私は自分の価値が高いことを知っていた。しかし、それは生まれや種族に依存するものではない。あの使用人が私を大切に扱ってくれていたことが、私に自らの価値を認めさせたのだ。  そして最後に、私がどうしても我慢ならないことがある。この犯人ども、マッサージが壊滅的に下手くそなのである。最初に臭いクリームを全身に塗りたくられた時はパニックに陥った。更に布で強く擦ってこられ、全身をもみくちゃにされる痛みと屈辱に涙が出そうだった。これが2日に1度。犯人達は私の精神を破壊し、廃人となってから売り飛ばす気なのだろう。  そうはさせるものか。私が私である限り、私がお前たちに屈することは永遠にないのだ。  私がこの劣悪な環境の下に連れてこられてから1ヶ月。  この日は朝から袋に詰められた。そこからが最悪だった。暫く袋のまま横に揺らされ、少し落ち着いたと思ったら今度は上下にガタガタと地震のような強い揺れに耐えることを強いられた。  体内時間にして3時間。  これほど気持ち悪い思いをするのは後にも先にも今日だけだと信じたい。  私を袋から出したのは今までの仕打ちがなんだったのかと思うくらい丁寧な手つきをした男だった。 「やぁ、はじめまして。フデ五さん。僕もこの仕事をしていて長いが、君ほど綺麗なフデ五を見たことはなかったよ。よほど大事にされていたんだね」  そう思うのなら即刻私を帰してほしいのだが。  手袋を嵌めたまま私を運び、金属と思われる台の上にそろりとおろした。やっと落ち着けると思ったのも束の間。私を載せている台が沈み始めた。そう、文字通り沈んでいるのだ。全方向から迫ってくる透明な物体。私はこれを知っている。たしか液体と呼ばれる物質だ。だが触れる機会はなかった。体によくないからという理由で、使用人に触らせてもらえなかったのだ。今回その液体に全身を包まれたが、感想は”明確な質量を持った空気”といったところだろうか。空気と明確に違うところといえば、外の音が聞こえ辛いところだ。  液体は毎日取り替えているようだったが、その時男は私に話しかけてくるだけで犯罪に関する情報を吐くことはしなかった。  私から情報収集の手段が消えた瞬間だった。  私の感覚が正しければ、液体に浸かる日々が1ヶ月続いた頃。つまり誘拐されてから2ヶ月が経ったころだ。  ついに私の買い手が決まったようだった。  液体から取り出され、やわらかい布で水気を取られる。その後マッサージをされたが、男は私を見張っていた2人よりはマッサージが上手いようだった。 先の細い筆で付着した塵屑を取られる。今まで誰にも触れられたことのない小さな隙間まで念入りにやられた。ひどく屈辱的だった。自由に身動きが取れていたなら思い切り殴りつけていた。  私が怒りに震えそうになっていると、不意に男が声をあげた。 「ん?ああぁぁぁ、小さい傷があったんだね。どうせなら今埋めちゃおうか」  私が必死に隠していた傷が、ついに見つかってしまった。  私は青ざめた。  やめてくれ!  その傷は私が使用人に大事にされるきっかけを作った時に出来た傷だ。  それを埋められてしまったら、私は使用人との絆を失ってしまう!!
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