2人が本棚に入れています
本棚に追加
傷は使用人が失敗した時に付いたものだった。
あの傷がなければ、私はただの「フデ五」になってしまう。
私の誇りそのものを消すというのか。なんと非道な人間なのか。
私と同色の筆が近づいてくる。
あぁ無念だ。すまない使用人よ。無力な私はお前との絆を失う。
『窃盗犯さん、今すぐ僕の宝から手を離してもらおうか』
希望を捨てた私は幻聴を聞いていた。使用人が私を助けに来るという、なんとも好都合だが現実的ではないものだ。実に情けない。
私は男の手から買い手に渡ったようだった。
『おかえり』
あぁ嫌だ。買い手が使用人に見えてきた。今度は幻覚というわけか。
おそらく私の意識は朦朧としているのだろう。
『悪かったね。我侭を押し通してしまって』
『いいえ滅相もない。橘総督のお役に立てて光栄です』
『ふふ。職権乱用してしまったかな。反省文ものだ』
反省文で済むのならマシではないのか。
私は静かにそう思い、意識を手放した。
最初のコメントを投稿しよう!