黄金郷

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黄金郷

黄金の樹木が自生する森、黄金の水が流れる河、黄金の石や土でできた廃墟の並ぶ街、そして黄金の廃城…砂や塵一粒ですらこの場所では全て黄金になっている。廃城内の土や床を踏みしめる度、ブーツやマントに金色の粉が舞い付着する様を見、シルヴィアはため息を吐いた。欲に正直な人間であれば、この場所はまさに宝の山に映るのかもしれない。だが、彼女からしてみれば、この磨かれたように目映い床や壁、星屑のように煌めく砂や塵もおぞましいものにしか思えなかった。西に傾き始め、この黄金をより際立たせている陽光ですら忌々しく感じた。この場所全てが、嫌悪と恐怖の集合体でしかない。 シルヴィアは、あるギルドに雇われて一時滞在している傭兵だ。そして、この地…黄金郷ゴルトオールに足を踏み入れたのもそのギルドの依頼のためである。大半のこの地への任務では、黄金を持てるだけ持ち帰ることを依頼される場合が多い。確かに、美味しい話ではある。元の報酬も含め、自分もおこぼれに授かれるからだ。だが、彼女は絶対にそれは引き受けなかった。何故なら、この美味しい話には裏が存在するためである。…このゴルトオールには、怪物が住みついているのだ。金塊を積み上げて造られたゴーレムのような怪物が。 見た目そのものはさほど恐ろしくはない。ゴーレムはありふれた存在であるし、多様な種族が暮らすこの世界では尚更だ。たが、厄介なのはその怪物の能力である。…この怪物は、触れたもの、触れてきたものを全て黄金に変えてしまうのだ。端から聞いただけであれば、無尽蔵に宝物をつくりだし富を生み出すとても素晴らしい存在かもしれない。だが、言ってしまえばこいつに少しでも掠められたが最期、物言わぬ黄金像になってしまうのだ。しかも、食べ物や衣類まで硬い金塊に、飲み水は液体の金属になってしまうため、それらに手を出されないようにも注意を払わなければならない。恐らく、これだけの規模の街や城が存在しながら人っ子一人いない廃墟であるのはそのためだろう。実際、何名もの盗賊やトレジャーハンター、傭兵たちがこの怪物を生け捕りにするためか、そこらにある金塊を持ち帰るため、黄金郷へ挑んでいるが、生きて帰ってきた者はほんの僅かだ。生き残った者は、仲間が怪物に金塊にされた様に戦き逃げ出したか、やはり目の前の宝より明日の食料と自分の命の方が惜しくなり挫折したかである。噂では、元々賑わっていた小国に悪魔が怪物を放ち、一日も待たずして全てを黄金に変え滅ぼしたのだとまで囁かれている。虚偽にせよ、真実にせよ、欲に目が眩み手を伸ばしたが最期、死の淵へと陥れられるまるで食人花のようなこの土地には相応な話であるとはシルヴィアも思っていた。事実、この土地に誘われた者は、この土地に呑み込まれているのだから。あちこちにある、人や動物の像はいわば死体なのだ。 シルヴィア自身、この卑しい輝きを放つ土地に足を踏み入れることは初め不本意だった。だが、顔馴染みのギルドの長からの依頼で事情は変わった。…彼女は、この黄金郷の怪物の討伐を依頼されたのだ。一度は断ろうと考えた。だが、お得意先であり親しい部類に入るギルドが、自分と同じくあの怪物の死を望んだこと、自らの手であの恐怖を終わらせられること、武器や食料などの負担も全てこちらが引き受け、もししくじったとしてもそれなりの報酬は払うという条件に魅力を感じてしまい、引き受けてしまった。…引き受けてしまったのだ。正直、怪物の根城であろう廃城を探索している現在でも恐怖を堪えることが大変だというのに。黄金を融解させる魔術式が込められた魔弾が詰められているとはいえ、マスケットを握る手は汗が滲んでいる。心臓は破裂しそうなほど鼓動し、脊椎には冷ややかな感覚が絶えない。これなら、まだこの間家畜を襲っていた怪猫退治のときのほうがマシであるとさえシルヴィアは思えた。あれも巨大で凶暴だったし、痛手もたくさん負ったが、少なくとも少し掠めただけで死ぬだなんてことはなかったからだ。それに、あからさまに凶悪だったり醜悪だったりするのであればまだしも、一見すると美しく魅力的だなんてなおのことたちが悪いし、不気味なことこの上ない。更に言えば、あの化け物はこれまでに先輩や友人、知り合いを何名か葬っているのだ。ここに来るまでの道程に見つけた黄金像の中には、間違いなく見知った顔も存在した。即ち、これはシルヴィアにとっての敵討ちでもある。虎穴に入らずんば虎児を得ずというが、そのため彼女は恐怖を何とか克服して、あの怪物に対しての殺意を滾らせなければならないのである。 「うう…さっさとぶっ殺して帰ろう。ここ、いるだけで気持ち悪くて仕方ないし。」 とはいえ、怖いものは怖い。恐ろしいものは恐ろしい。へっぴり腰とまではいかないが、シルヴィアは無意識に息を殺しそろりそろりと金色の廊下を進む。一階の部屋は全て確認したが、どこにもターゲットの姿はない。玄関のある大広間に戻り、一息ついた。ここにもヤツの姿はなかった。…安心したような、残念なような。シルヴィアは、広間の中央から二階へと伸びる巨大な階段の最も下段に腰掛けた。 「…ったく、なーにが"黄金郷の怪物殺しに行くなら、ついでにヤツの一部持ち帰ってきて"だ。パットめ、私がどんな気持ちでここにいるかも知らずに!」 シルヴィアは、今はここにいない友人の悪態を吐いた。無理もない、ただでさえここを歩き回るだけでも気が滅入りそうなのに「出かけるなら、ついでに帰りに買い物行ってきて!」とでも言うような軽さで彼女はシルヴィアを送り出したのだから。パット…もといパトリシアは依頼元のギルドに所属している魔術師だ。シルヴィアとは長い付き合いであり、一番親しくもある。今回もアイテムを揃えてくれたり、協力してくれた。なので、感謝はしている。しているのだが…彼女は良くも悪くも軽く、しかもその場の気を読んでいながらあえて破壊して回る悪癖があるのだ。その性格に救われることも多いが、今回ばかりはこれが恨めしかった。
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